佐渡裕

佐渡さんのマーラー6番

5/26(土) 18:00~ 横浜みなとみらいホール
日フィル 特別演奏会

マーラー 交響曲第6番 イ短調 《悲劇的》

指揮  : 佐渡 裕

あっという間に終わってしまった。
「ブラボ~!最初からもう1回!」って叫びたかった。(けどできなかった)

大編成だと聞いてはいたが、ホルン9本には驚いた。フルートも4本、木管と金管がすごく厚い。その上に多種多様な打楽器群。ティンパニも2台だし。こんなんじゃ弦の音量が負けちゃう、って思ったけど心配なかった。見事にバランスが取れていた。聴いていて、また佐渡さんの指揮を見ていて、100点満点じゃないかもしれないけど佐渡さんの頭で思い描いていた演奏がほぼできたのではないかと感じた。これだけの大オーケストラをバランスよくタイミングよく響かせることはさぞかし大変なことだろうけど日フィルもすごくがんばったのだろうなぁ、と感じた。お見事でした。

どの楽章も素晴らしく背筋がゾゾッとしっぱなしだったが、特に3楽章、4楽章がよかった。

3楽章はそれまでの戦闘モードから一変、第1バイオリンが遅めのテンポでささやくように始まると、それはまるで室内楽のよう。これは昨年末の佐渡さん+東フィルの第九 第3楽章と同じ感覚。今回はさらに切なげに歌いだす。徐々に音が厚くなり、ますます美しく、そして胸がしめつけられる。各パートの強弱も繊細で手が込んでいるなぁ、と感じた。CDでは第3楽章はやや聴き飽きた感があったが今日は泣かされた。なんとロマンティック。

初演を指揮したマーラー本人でさえ十分ではなかったくらい難しい指揮と言われているが、3楽章までは佐渡さんの指揮は自信に溢れ一体どこが難しいのかいな、と思っていた。しかし4楽章の初めの数分を聴いているといろんな旋律があちらこちらから聴こえ、これはさぞかし指揮もオーケストラも大変だろうと感じた。それでも強弱やテンポを揺らしてますます魅力的であった。特に面白かったのはハンマーを振り下ろした後テンポがまさに「ドスン」と落ちたこと。まるで聴いている自分自身が打ちのめされたようだ。立ち直れないほどのショックと弱い気持ち、またそれに立ち向かおうとする前向きな気持ち、自分の中の両面性を音楽にしたように感じた。

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ところでハンマーは3回振り下ろされた。4楽章開始から14分、18分、30分くらいのところだった。初版では3回、改訂版では2回とのことだが、今回の3回もよかった。あんなに大きいハンマーを木こりが木を切るように大きく振りかぶって叩いていたがよく曲のタイミングと合うものだ。

1、2楽章も感動モノだった。2楽章は強弱緩急のコントラストがはっきりしてそれらの対比が面白かったし、1楽章も最初からすごい迫力だった。ただ曲が始まってすぐ「あれ、ケータイ消したかな?」って気になって集中できなかったのは自分のせい。残念。

ホールのことを少し。
今日はステージ真横からガブリツキだった。サントリーホールでの定期の席よりさらにステージに近く迫力満点だった。ただみなとみらいホールとサントリーホールの音の違いもはっきりと認識できた。サントリーホールはやはり反射音が強い。楽器からの直接音と同じくらい反射音が強いので一体どこから音がなっているのかわからない反面、音がすごく華やかで強奏のときは体中が音に包まれている感じで心地よい。みなとみらいホールは逆で反射音が少ない。楽器それぞれの直接音が楽器の方向から聴こえてくる。反射音が遠くでこだまのように控えめに聴こえる。強奏すると確かに音波を身体で感じるような快感はあるものの優しく包まれている、という感覚ではない。これは座席にもよるし好みの問題もあると思うけど、私はやっぱりサントリーホールの方が好きかな。

現代音楽のようで古典音楽のような、キレイなハーモニーのようで不協和音のような、メチャクチャなようで現代アートの切り絵(コラージュ)のようなマーラーの音楽はやはりスゴイ。またこれを見事に演奏してくれた佐渡さん+日フィルもスゴイ。美しい音が耳にのこり、それが聞きたくもないアナウンスや大騒ぎで消されるのがもったいなくて、人通りの少ない外を歩いて桜木町の駅に向かった。

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佐渡さん+東フィルの第九

12/18(日) 14:00~ サントリーホール
東フィル 第九特別演奏会

ベートーベン 交響曲第9番 ニ短調 《合唱付》

指揮    : 佐渡 裕
ソプラノ  : 横山 恵子
アルト   : 谷口 睦美
テノール  : 西村 悟
バリトン  : 甲斐 栄次郎
合唱    : 東京オペラシンガーズ

私なりに佐渡さんの第九を感じることができたし、母を第九の演奏会に連れて行くことも叶い、佐渡さんの暖かくて優しい演奏を聴かせてあげることができた。

いちばん佐渡さんの思いを強く感じたのは第3楽章。まるで室内楽のような清楚なはじまりに驚いた。傷ついた人へのいたわりと思いやり、そして「鎮魂歌」としての意味も感じとることができた。

続く第4楽章も後半の合唱が加わってからは「合唱協奏曲」とでも言えるような控えめなオーケストラ。ソロの声楽と合唱を前面に出したわかりやすい音だった。音が整理されている感じ。時にはしゃがみこんで音を絞るように指示しているように見えた。今まで第九を何度か聴いてきて、第4楽章を「わかりやすい音」と感じたのは初めてだった。ソロの声楽と合唱を前に出したところにも佐渡さんの優しさを感じた。第4楽章前半の、低音弦が歌うように演奏する箇所も表情が豊かで感動ものだった。

このようにいくつかの意味で「歌」を重要視した演奏だったように思う。そしてもしかしたら、それは今年の震災で亡くなった方々への鎮魂歌であり被害を受けた方々へのいたわりであったかもしれない。私はそのように理解したい。

合唱も期待とおり、声量、表現力とも素晴らしかった。またソロの声楽の4人もバランスがよかった。ホールのせいかもしれないけど、2階席のいちばん後ろだったにもかかわらずとてもよく聞こえた。読響のときは透明のカーテンが見えるくらい疎外感を感じたけど座席の違いか、演奏の違いか、よくわからない。

東フィルの音を聴き慣れたサントリーホールで聴くと、日フィルと比べてずいぶん明るい音だなあ、と思う。金管と木管がキラキラしている。逆にいうと弦の低音が薄くて重厚感を感じにくい。そういう意味で第1、第2楽章は少し物足りなかった。佐渡さんもヴィオラとチェロに「もっと!」と指示している姿を見たので、明るい音は佐渡さんの指示ではなく、やっぱり東フィルの持っている色なんではないか、と改めて思う。イタリアオペラだと華やかでいいのだろうか。

佐渡さんの指揮、カッコイイ。席が遠かったのでよく見えなかったけど、「こんな第九にしたい」という佐渡さんの気持ちが伝わってくるような指揮だった。来年5月、日フィルのマーラー6番がとても楽しみだ。そのときはステージの近くで迫力を味わうつもり。

佐渡さん指揮の演奏は初体験だったが、なんとなく勝手なイメージから情熱的で爆走する第九を想像していた。今日聴いてみてまったく逆だった。第1、第2楽章はどちらかと言うと遅めのテンポで重厚感を重視した感じ(前述の通り、期待通りの音が出せていなかったように感じたけど)、優しい第3楽章、声楽重視の第4楽章。音楽を聴くときは前評判や世間の評価を頭から追い払って、自分の感性で聴きたいものだ、と改めて思った。ちなみに今回の演奏会では驚くくらい妻と意見が一致した。こんな日もあるんだ。

もうひとつうれしかったのは、客席のマナーがとてもよかったこと。楽章間の指揮棒を振り下ろす前の沈黙と緊張感は客席も一体となっていたように思う。こんな演奏会の聴衆の一人であったことが誇らしかった。

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