尾高忠明

尾高さんのオネゲル、ラヴェル、そしてウォルトン

10/23(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第624回東京定期演奏会

オネゲル 交響詩《夏の牧歌》
ラヴェル バレエ組曲《マ・メール・ロワ》
ウォルトン オラトリオ《ベルシャザールの饗宴》

指揮  : 尾高 忠明
バリトン: 三原 剛
合唱  : 晋友会合唱団

NHKの名曲探偵アマデウスという番組が好きで毎回とても楽しみにしている。天出臼夫なる名曲探偵が活躍するドラマ仕立てのストーリーも「くっだらねー」と言いながら結構楽しんでいる私。ピアノ連弾の《マ・メール・ロワ》の回も私のDVDライブラリに入っていたので先週末に観直した。それまではつかみどころのないラヴェルの音楽にお手上げ気味だったけど、それぞれの曲に具体的なイメージが浮かぶようになり突然スイッチが入った。迷子になった親指小僧が歩く道、野獣のプロポーズ、レドロネットの首振り人形・・・生の演奏から何を感じることができるだろう。

尾高さんには(何度も書いている気がするが)N響のブルックナー8番ですっかりとりこになった私。フランス音楽はどんな風に味付けしてくれるのだろう。

さて前半。スイッチが入った、とはいっても静かな前半ではいつもの「眠りの森」に誘い込まれるんだろうな~って思ってたけど、まるで素晴らしい夢の国にでも誘い込まれたかの演奏だった。

《夏の牧歌》はまさに私の記憶の中の夏の高原だ。小編成のオーケストラで静かに奏でる弦と管は、穏やかでやわらかい音色を響かせつつ演奏者の気合を感じる演奏だった。こういう地味な曲で感動させるのはとても難しいんだろうなぁ。思わず感嘆!日フィル、すげ~っ

《マ・メール・ロワ》はバレエ組曲からの抜粋だったけど、オリジナルのピアノ連弾版と同じ曲順の5曲だったと思う。前半のプログラムとしては長さ的にもちょうど良かったように感じた。静かな《パヴァーヌ》から始まり、ラヴェルのオーケストラ曲だなぁと強く感じる華やかな《レドロネット》を経て、クライマックスに至る大きな変化を見事に表現していたのはすごいなぁ、と驚いた。尾高さんの緻密で几帳面な指揮が大好きだけど、それが今日の演奏ではとても強く出ていたように思う。というようなアレコレ理屈は後からつけたもので、曲を聴いているときは何も考えてない、ただただ、頭がしびれているだけ。ホント前半から感動しまくり。前半でここまで感動できるとは、うれしい誤算。

《ベルシャザールの饗宴》は通勤途中で聴いていたときから、これは楽しみ!と思っていた。残念ながら?会社が近すぎて全曲通して聴ききれないのだけど。何が楽しみって、この(たぶん)壮大な曲が生の音でどんな風に聞えるのだろう、合唱とオーケストラの一体感をどこまで感じることができるのだろう、そんなわくわく感とともに、バリトンはオーケストラと合唱のパワーに太刀打ちできるのだろうか、という心配もあった。

こんなに演奏時間が短く感じることも珍しい、えっ、もう終わり!?もう一回最初から聴きたい!って思いながら拍手していた。合唱とオーケストラのマリアージュ!?おいしいワインとチーズのような!(ウォルトンはイギリスの作曲家でした。)

バリトンはすごい音量と迫力で無用の心配だった。三原さんはたぶん初めてお聴きしたがあれだけの合唱とオーケストラに負けていなかった。ホールのせいもあるかな。音が吸い込まれていくようなNHKホールと残響に色が見えるようなサントリーホール。この違いは大きいよなぁ。

演奏中は尾高さんの横顔につい目が行ってしまった。両腕と全身だけでなく大きな口をあけて合唱をリードしていたんだ。後半汗をぬぐいながら指揮する尾高さんがとてもかっこよかった。

もうひとつ自分にとって重要なのは、あれだけの大音量であったにもかかわらず、張り裂けんばかりの轟音、と感じなかったこと。日フィルの演奏では時々感じることがあるけど、今回はそれを感じなかった。迫力はあったけど、とても暖かく優しい音だった。

尾高さんはいつもカーテンコールがあっさりしている。いつの演奏会だったか、鳴り止まない拍手のなかで手のひらを合わせてほっぺの横につけて(寝るまねをして)客を笑わせて引っ込んでいったことがあった。客への思いやりなのかな。そんな尾高さん、演奏者を立たせるときの的確な指示。「はいクラリネット」「次はファゴット」と身振りでスパッと立たせる。これもカッコイイ。

ただ、座席に空席が目立ったのがとても残念だった。こんなに素晴らしい演奏なのに。曲が有名じゃないからかな。「今回来なかった定期会員は絶対損したよね」というのが妻と一致した意見だった。

尾高さん、今回もありがとうございました。
名曲探偵の天出臼夫さん、またヨロシク。

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尾高さんとN響のブルックナー7番

5/15(土) 15:00~ NHKホール
N響 第1674回定期演奏会


武満徹 ノスタルジア~タルコフスキーの追憶に~
ブルックナー 交響曲第7番(ハース版)

指揮 : 尾高忠明

 私のブルックナー好きは2007年6月定期演奏会の尾高さん指揮N響の交響曲第8番を聴いて以来です。尾高さん、あなたのせいですよ。こんなに長くて疲れる曲を好きになってしまいました。前回はゆったりとして神々しい、まるでレクイエムのような8番にすっかり打ちのめされたけど、今回はどんな7番が聴けるのだろう。

 武満のノスタルジアをCDで聴いて思い出したのは、2008年2月のチョン・ミョンフン指揮のブルックナー7番と一緒に演奏したメシアンのキリストの昇天。あの時は「予習」なしだったものの神秘的な感覚に包まれ、とても感動したことを思い出します。現代音楽こそ生演奏の良さを強く感じることができるジャンルではないかと思います。

 実際に聴いたノスタルジアは小さな弦楽編成で繊細な音を奏でていました。NHKホールじゃ大きすぎるなぁ、サントリーホールで聴きたい!20年以上前、学生時代に観た映画の「ノスタルジア」の記憶はほとんどないけど、林を通り過ぎていく風と葉のざわめきといった大自然の美しさを表現できているなぁ、と生の演奏を聴いて初めて感じることができました。大自然に存在する美しい不協和音。これが武満の表現したかったことではないか、と勝手に納得しました。一方、ブルックナーより武満を楽しみにしていた妻は、「きれい過ぎてどうも」と今ひとつの評価。「他の日本人指揮者が振ったらもっと違う音が出るのでは」と。もっと朴訥とした?不協和音を期待していたみたい。今回は妻と意見が分かれました。それから堀さんのヴァイオリンの色っぽいこと。なんとも繊細で色気があって魅力的でした。日本人にしかできない演奏ってあるよな、って改めて思いました。

 こうやって考えてみると武満のノスタルジアとブルックナーの7番って自分の中では「大自然の美しさ」つながりって感じがします。8番からは前述の通りレクイエムに近いような神々しさを感じるけど、7番からはヴェルヴェデーレ宮殿から眺める緑多いウィーンの街を思い出します。自然の美しさ、自然との対話、そんな共通点を感じる2曲です。

 期待に胸膨らませて聴いた7番はというと、感動と悔しさが入り混じった複雑なものでした。尾高さんのテンポの取り方や旋律の唄わせ方は期待通りでした。前述の7番の演奏にも通じるゆったりとしたテンポで始まった第1楽章で、「きたきた!」と思わず喜びました。ぐぐっとこぶしを効かせた感じの旋律は特に日本人の心を揺さぶるのではないでしょうか。ただちょっと残念だったのはそのゆったりしたテンポにオーケストラ側が我慢できなくて少し演奏が乱れたところがあったように感じました。もうちょっとだったのになぁ。残念!もっと残念だったのは金管!!肝心なところで音が外れたり出なかったり。金管が目立つ箇所は「ガンバレガンバレ」とヒヤヒヤしっぱなしでした。弦と金管がなんとなくちぐはぐに感じる箇所もありました。弦があれだけ迫力があるともともと音量のある金管にもプレッシャーがかかるのでしょうか。もうちょっと安心して聴きたいなぁ。

 新たな発見もありました。以前は同じNHKホールで聴いても「N響の弦は金属的、ヨーロッパのオーケストラはしっとり」という気がしたけど、今日のN響はとてもしっとり重厚に感じました。しばらくサントリーホールの日フィルばかり聴いていたのでそちらに耳が慣れたみたい。2楽章はじめの弦の重厚さといったら!ゾクゾクッってきました。ホールのせいか反射音があまり感じられず、華やかさはとても少ないけどドイツ的な音を感じました。これがN響の良さかと新発見。同時に日フィルもN響にはない華やかさと一体感があり、どっちが良くてどっちが悪い、なんて簡単に決めつけちゃいけないな、と思いました。

 4楽章最後の残響が残る中、確信犯の「ブラボー」が飛び交い、ほとんど空席が見当たらないホールは拍手が鳴り止まず、尾高さんの人気はすごいなぁ、と改めて感じました。今度は9番聴かせてください。楽しみに待ってま~す。

 ますます尾高さんファンになりました。

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あとがきに代えて: 帰国後のN響、尾高さんのエルガー(5/16)

 4/28に帰国して5/7から仕事に復帰、そして今日5/16はN響の5月定期公演。ウィーンの音に感動して帰国した耳にどう聴こえるのかな、と他人事のように楽しみにして渋谷のNHKホールに向かいました。感情が高ぶってそこにいるだけでかなり幸せな気持ちになっているウィーンでのコンサートと、1週間働いて寝不足で疲れたまま向かう渋谷のNHKホールのコンサートを客観的に比べるのは無理なように思います。偏見でもいいや、ってことで感じたことを残しておきたいと思います。

 

 尾高さんは、昨年ブルックナーの交響曲第8番を聴いてからますます好きになりました。反面通勤時に聴いていたエルガーの交響曲第2番ですがどうも好きになれない。期待と不安の定期公演でした。

 終わってみたらさすが尾高さん、期待を裏切りませんでした。前回のブルックナーでも感じましたがN響のみなさんがのびのび本来の実力を出し切って演奏しているように感じました。特に後半の交響曲第2番は感動。眠くなる暇がありませんでした。きっちりとしつつもメリハリがあって音楽の部品が設計図面通りに組み立てられている印象でした。事前の予習ではあまり好きになれなかったエルガーの曲でしたが、本番では少し良さがわかったように感じました。来年はブルックナーの7番ですね。ますます楽しみです!

 

 さてNHKホールの音ですが、やっぱり楽友協会ほどがんがん響く感じじゃないように思います。楽友協会はオペラ座で2日連続で聴いた翌日だったのでショックが大きかったことを差し引いても、やはり楽友協会ほどではなかったと思います。コンツェルトハウスと比べるとどうか、と言われると微妙。正直わかりません。どのくらいの響きが良いのか、また楽友協会とNHKホールのどっちのホールがよいのか、それは客観的データとプロの見解にお任せするにして、自分としてはNHKホールの方が聴きなれている、心地よい、と感じたことは否定できません。むしろオペラ座のデッドな響きの方が心地良かった気もします。いづれにしろホールの響きってこれだけ演奏に影響を与えるんだなぁ、とつくづく実感しました。

 オーケストラの違いはどうか。世界一流のウィーンのオーケストラと日本のオーケストラで違いを感じることができるか。結果、できました。コンサートマスターが席を立ち音合わせを始めた途端、ああ、やっぱり違うな、って思いました。一番違いを感じるのは弦。特にバイオリン。N響の音は金属的、都会的、硬質。ウィーンで聴いた3つのオーケストラの音はかび臭い木の音、伝統的、湿っぽい。次に違いを感じたのは大音量の時。ウィーンで大音量のときに不快感はなかった(楽友協会では床がビビってちょっとbearing?って思った)けど、今日のN響では耳元で紙をくしゃくしゃって丸めた時のような不快感を少しだけ感じました。それが自分の単なる偏見なのか、技術力の差なのか、個性なのか、その辺はわかりません。今後またウィーンを訪れて日本のオーケストラと聴き比べる機会が来るのを待ちましょう。

 

 そんなわけでウィーンから帰国後に尾高さん+N響を聴き、十分感動できました。また同時にウィーンの音と日本の音の違いを感じることができました。「ウィーンで音楽を聴いちゃうと日本ではひどすぎて聴く気になれないね」な~んて感じなくてよかった。

 

 そういえば、マナーについて再考。日本人のマナーはそれほど悪くない、と改めて思った。演奏中の咳はみんながんばってこらえているし、携帯電話は鳴らさないし、おしゃべりはしない。演奏は良くても悪くても一所懸命拍手するし。日本の演奏会は日本人しか来ないからね。浅草見物した欧米人が「ここが紅白歌合戦をやるNHKホールかぁ」とか言って観光ついてにN響の定期公演に来たりしないもんね。そうは言っても「礼儀正しい日本人」はやっぱり誇っていいんじゃないかな。

 

 でもホールの大きさはもう少し考えてほしいな。NHKホールは3600人余り収容可能。楽友協会の1700人の倍です。このホールでモーツァルトの交響曲演奏するのはどうかと思うし、協奏曲はソリストの音がオーケストラに負けてしまうのではないかと思いました。東京オペラシティのタケミツメモリアルが1600人余り、サントリーホールが2000人余り。このくらいのホールだったらいいのかな、改めて聴いてみたいです。

 

P4183257_zoom_2  振り返れば「音楽」という切り口でウィーンを歩き、多くの感動と発見がありました。帰国後も今まで以上にクラシック音楽やオペラにはまりそうです。「イギリスへの寄り道」ではあったけどとても充実した旅でした。みさちん、どうもありがとうnote

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