山田和樹

世界文化の融合?山田和樹さんと日フィルの東京定期

2017/9/9(土) 16:00 サントリーホール
日フィル 第693回 東京定期演奏会

ブラッハー   パガニーニの主題による変奏曲 op.26
石井眞木    遭遇Ⅱ番 op.19
イベール    交響組曲《寄港地》
ドビュッシー  交響詩《海》

指揮    : 山田 和樹


ジャポニズムがフランスのドビュッシーに影響を与え、
ドビュッシーの好んだ全音音階はアメリカのジャズに影響を与え、
ジャズがドイツのブラッハーの曲に織り込まれる。

日本人作曲家の雅楽とオーケストラのための音楽が欧米で演奏される。

音楽って世界の文化を融合しながら進化してるんだ。
こんな話をプレトークで聴くと、今日の演目の凄さを感じてしまう。

聴きなれた名曲を聴くのも楽しいけど、
え?こんな演奏ありなの?とか、なんだこの曲!?とか、
意外性との出会いも演奏会の魅力のひとつ。
そういう意味で「遭遇」は久々に刺激を受けた。

西洋音楽が一所懸命に雅楽に歩み寄ろうとしているけど、
結局ひとつの音楽にはなり切れなかった。
好きか嫌いかと訊かれれば嫌いですね、と答えるけど、
音の意外性と緊張感に眠さを忘れてすっかりのめりこんでしまった。

雅楽の不協和音は自然界の音に近い心地よさを感じたのに対して、
オーケストラの不協和音は
不安や不快などネガティブな感情を思い起こさせる。
乱暴な西洋音楽が繊細な雅楽を嫌がらせしている。
そんな印象を持った。

日本人なのに日本古来の音楽を聴く機会があまりにも少ない。
そんな事実に改めて驚き、
それでも雅楽の心地よさを感じる日本人でよかったなあ、
と思う自分がいる。

フランス音楽は録音を聴いても心を動かされなくて、
学生の頃から頭の中でハテナマークがついたまま。
今日の演奏でもハテナマークはなくならないけど、
イベールもドビュッシーも惹きつけられるものがあった。

大きな波、小さな波。
山田さんが創る風景は印象派の絵のように頭で思い浮かべることができる。
モヤモヤしていなくてクリア。でも音は柔らかくて繊細。

小さなニュアンスがところどころに込められていて、
これが山田さんのドビュッシーか、と思う。

イタリア、北アフリカ、スペインと船から見る景色は
むしろ濃厚な原色で塗られたフォービズムの絵のよう。
今日の4曲の中でイベールが一番美しい演奏だったように思った。

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サントリーホールは今月からリニューアルオープンとのこと。
舞台の床も張り替えられ、マイクの音も聞こえやすくなった。
男子トイレの場所も変わった。
客席には手すりもついて背もたれの感覚もちょっと違う。

半年間都内のほかのホールで聴いた後に戻ってみると、
大きな残響と音の華やかさに改めて驚かされる。

一方で耳障りな音も感じて、
あれ?こんな音だったかな?
工事で音が悪くなったのかな?と思った。

妻は改装後のサントリーホールの音に不満げ。
せっかく寝に来たのに寝れなかったと。

演奏された曲のせいなのか、
本当に音が変わってしまったのか。
私もしばらく考えてみたい。

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山田和樹さんのマーラーツィクルス、最後の9番

2017/6/25(日) 15:00 オーチャードホール
山田和樹 マーラーツィクルス

武満 徹  弦楽のためのレクイエム
マーラー  交響曲第9番 ニ長調

指揮 : 山田和樹
管弦楽: 日本フィルハーモニー管弦楽団



山田和樹さんのマーラーツィクルス、
3年かかりでマーラーの歩んだ人生をたどった。

マーラーの音楽が
少しだけわかったようなうれしさもあり、
とんでもないものに興味をもってしまったと、
途方にくれた気持ちもあり、
心の中は複雑だ。

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今日の演奏、

最初から、最後の最後まで、
山田さんもオーケストラも、
超本気モードのオーラがバシバシ飛んできて、
ツィクルス最後にふさわしい演奏だった。

わかったようなこと言っても、
やっぱりわからなかった第1楽章。

あちらこちらから音が溢れ出て
何が何やら、

この混沌とした世界が表現しているものを知りたい。
本当に知りたい。

マーラーの交響曲は、
生の演奏会に足を運ばないと何も見えてこない。

残り50年の人生かけて、じっくり聴く。

そう決めた。

第2楽章は山田さんの指揮っぷりが音楽の全てを語っているようで、
改めて山田さんの指揮のすごさを感じた。
パタパタと紙芝居をめくるように移り変わるウィーンの風景が目に浮かぶようだ。

第3楽章はこんなに面白い楽章だったかと思わず身をのりだし、
爆発的な最後にすでに大満足。

第4楽章、日フィルの音の美しさにホレボレしつつ、
マーラーサウンドにどっぷり浸った。

私の貧弱なボキャブラリーを恨みつつ、
本当にすごい演奏だったと、
ありきたりの言葉を繰り返すことしかできず、歯がゆい。

そうそう、ホルンさんチーム、素晴らしかった!
神がかり的。

演奏後、山田さんが最初に立たせたのもホルンさんだった。
拍手も一段と大きくて。
やっぱりそうだよね。

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アルマとの恋愛や夫婦関係、
子供の死、
自分自身の死への恐怖感、

そういうマーラーの人生がそれぞれの曲にどのように影響したのか、
シニカルな表現はどんな気持ちから出てくるものなのか、
素人には想像の域を出ないけど、
今回チクルスを聴いてみて確信したことがある。

それは、5番のアダージェットや9番の最終楽章のような美しい音楽は、
パロディーでもシニカルな気持ちでもなく、
マーラーの心の底からの「美」への追求なんだ、ということ。

評論家が何と言おうと、私はそう信じる。

100年以上経た今にも伝わるマーラーの音楽のポテンシャル、
そしてそれを再現した山田さんと日フィルに拍手を贈ります。
オーケストラ全員がお辞儀をしても鳴りやまない拍手。
なかなか見られないですな。

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余談だけど、
マーラーを聴いたことがなかった私の母が、
知人に誘われるまま先日の7番を聴き、
感動のあまり、8番、9番、も聴くことにしたそうだ。

何の事前情報も知識もない80歳近いばあさんだけど、
マーラーの音楽に敏感に反応できる母を少し見直した。

耳聞こえてるの?と訊いたのは、
いくらなんでも失礼だったか。

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山田和樹さんのマーラーツィクルス(千人の交響曲)

もはや、
人間が素手で創り上げる音楽のレベルを超えている。

作曲したマーラー、
そしてみごと再現させた、
山田さんと演奏者の皆さんに
心から拍手。

1,000人で創り上げる宇宙、でした。
あまりのスケールに言葉になりません。

でもひとつだけ。
清水華澄さんのアルトに惚れました。
ソプラノはきれいな人が多いし
女性の美しさそのものだけど、
アルトの色気、これはなかなか出会えない。

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2017/6/4(日) 15:00 オーチャードホール
山田和樹 マーラーツィクルス

武満 徹  星・島(スター・アイル)(オーケストラのための)
マーラー  交響曲第8番 変ホ長調「千人の交響曲」

指揮    :山田和樹
第1ソプラノ:林 正子
第2ソプラノ:田崎 尚美
第3ソプラノ:小林 沙羅
第1アルト :清水 華澄
第2アルト :高橋 華子
テノール  :西村 悟
バリトン  :小森 輝彦
バス    :妻屋 秀和
第1コーラス:武蔵野合唱団
第2コーラス:栗友会合唱団
児童合唱  :東京少年少女合唱隊
管弦楽   :日本フィルハーモニー管弦楽団

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山田和樹さんのマーラーツィクルス(第7番)

2017/5/14(日) 15:00 オーチャードホール
山田和樹 マーラーツィクルス

武満 徹  夢の時
マーラー  交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」

指揮 : 山田和樹
管弦楽: 日本フィルハーモニー管弦楽団

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「ようやく私の曲に時代が追いついた。
 この曲はあなたたちのことだ。
 21世紀を生きるあなたたちには
 セレナーデなんて存在しない、
 そうでしょ?」
と、マーラーさんが言うわけないけど、
私にはそう聞こえた。

恋人に愛を告白しようとしたら、
ケータイが鳴って上司から緊急の呼び出し。
愛の歌を唄っても、
廃品回収のクルマがスピーカーでがなりたてて聞こえない。
セレナーデなんてできやしない。
そんな第2楽章のセレナーデ。

恋人の住む窓辺で
ギターをポロロンと弾いても、
窓はサッシだしエアコンかけてて聞こえない。あーあ。
そんな第4楽章のセレナーデ。

受け狙いだろうか、
第3楽章は思わずニヤリとしてしまうが、
その第3楽章をはさんだふたつのセレナーデは恋人に届いているとは思えない。

最終楽章のあの底抜けの明るさは何だろう。

「あなたたちへのエールだよ。
 何も解決しない、何も完結しない、
 複雑怪奇な世の中だけど、
 まぁ、せいぜいしっかり生きなよ。」

私にはマーラーの声が聞こえる。

bud

山田さんは
「この曲ホント大変です!」
ってプレトークで言ってたけど、
それって自信の裏返しでしょ。

「7番は騒音の音楽です」と、
山田さんは(言わなかったけど)言うんじゃないかな。

次々と移り変わる風景、
飛び交う騒音、
それらを見事に音楽として演出してた。

1番で感じた「異化」の不思議な感覚から、
時代は21世紀に超越し、
現代の慌ただしい日常を不思議なくらい表現した。

私の中で名演と言えるものが増えた。
全くピンと来なかったこの曲に、
インスピレーションを与えてくれた。

おおくの聴衆もそう思ったに違いない。
拍手がなりやまない客席を見ながらそう思った。


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清水華澄さんのリヒャルトシュトラウス!そして山田さんのエルガー

016/9/3(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第683回東京定期演奏会

柴田 南雄 コンソート・オブ・オーケストラ
R.シュトラウス 4つの最後の歌
エルガー 交響曲第1番 変イ長調 op.55

指揮 : 山田 和樹
メゾソプラノ 清水 華澄


今日は何といっても清水さんのリヒャルトシュトラウスだ。声量があって表現も繊細で、詩の意味が分からなくても音楽はテレパシーのように伝わってくる。背筋がゾクゾクするでもなく刺激的でもないけど、身体の中からほんわりと温かくなるような演奏だった。演奏が静かに終わった後、温かいタオルでくるまれたように心も身体も癒されたように感じた。

定期演奏会に通っていると今回のような思いもよらない喜びがある。だからやめられないんだ。知名度やルックスではなく、実力があって私たちに刺激を与えてくれるような演奏家を連れてくるのも指揮者の力だと思う。そういう意味で清水さんの声を聴けたことは山田さんに感謝です。来年6月のマーラー8番でも清水さんの歌声が聴けるのが楽しみだ。

もちろん山田さんと日フィルの繊細で美しいオーケストラの響きが清水さんの歌声を支えていたのは言うまでもない。緊張感のある繊細な響きは日フィルのすごさではないかな、と思う。

R.シュトラウスはいままで積極的に聴いてきていないけど、和音に独特の癒しがあるように感じている。特にホルンの音がいつも心に残るのはR.シュトラウスのお父さんがホルンの名手だったからなのか、納得だ。今日のホルンは特によかった。先日、元ホルン吹きと話をさせていただく機会があり、ホルン演奏の大変さを知った。なんだかんだ言って、ちょっと控えめで優しいホルンの音が大好きな自分に改めて気づく。

50分超のエルガーを集中して聴いてしかも感動できたのは、R.シュトラウスで癒され脳が活性化されたからだ。演奏会としては理想的な流れではないかと思う。

特によかったのは2楽章と3楽章。特に3楽章の美しさについて山田さんは「死んでもいいと感じるくらい」というけど、私はそこまでとは思わない。なんだか煮え切らず男らしくない。今どきの日本の女子の方が貴方よりずっと勢いがあって男らしいですよ、とエルガーさんに言ってあげたいくらいだ。とはいえ山田さんの繊細さがよく感じられる演奏で満足だった。2楽章の最後は雰囲気がマーラーの交響曲に似ているような。

最後になってしまったが、柴田南雄さんの曲も悪くはなかった。学生のころ現代音楽といえばこういう曲だったよな、と思いながら聴いていた。きっとすごく綿密に練られた曲なんだろうと感じたが、不気味さしか思い浮かばないこの音楽でわたしたちの世界のいったい何を表現できるのだろう、と感じてしまうのは時代が変わったせいなのか、自分が歳を取ったせいなのか。気合いの入ったいい演奏だったし決して嫌いな曲ではないけど、今の時代に求められている音楽ではないのでは、と感じたのは私だけではないだろう。

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山田和樹さんのマーラーツィクルス 第6回

2016/3/26(土) 15:00~ オーチャードホール

武満 徹 ノスタルジア-アンドレイ・タルコフスキーの追憶に-
     (ヴァイオリンと弦楽オーケストラのための)
     ヴァイオリン: 扇谷 泰朋

マーラー 交響曲第6番 イ短調「悲劇的」

指揮  山田 和樹
管弦楽 日本フィルハーモニー交響楽団

山田さんらしいマーラーだったかな、と思う。丁寧で音がクリア、指揮が難しい曲らしいがそんなことは感じさせず(席が遠くてよく見えてない?)、ゾクゾクさせてもらった。

一番山田さんらしいな、と思ったのは3楽章。旋律を強く弱くテンポも微妙に揺らしながら歌わせて、思わず体が揺れてしまう、そんな山田節、いい。4楽章は全体的にテンポが遅めで、特に始めのテンポは絶望の淵から力をふりしぼって立ち上がる、そんなシーンを思い浮かべるほどゆっくりで、もの凄い迫力を感じた。ハンマーは2回、マーラーの楽譜に忠実にと言うことか。佐渡さんインキネンさんに比べて颯爽感とハンマーによる劇的な印象はあまり受けず、サッパリ感があったかな。最後の爆発音、驚かそうと思ってか、指揮は大きく振らないのね。でもバッチリ決まってた。

比べて1楽章、2楽章はどちらかというと想像していたより軽めな印象。もしかしたら席のせいかもしれないけど。今回はホールの最上階の後ろの壁にへばりついていたのに比べ、前2回はステージの真横だったから。
それにしても山田さんの指揮に従って一体感のある演奏だったなぁ、と思う。特にそう思ったのは1楽章の再現部に入る前、曲が混沌の絶頂になってもそれぞれの楽器がキレイに響き美しかった。さりげなくスゴイ。

全体通して上品で、好みの演奏だったけど、過去2回の演奏ほど感動しなかったのは座席のせいか、演奏のせいか、聴き慣れてしまったせいか。

最後に、今日はホルン、頑張ってたなぁ。山田さんも一番に立たせてたし。目立つところばっかりで、できて当たり前、そんな大変なパートだと思うけど、最後まで緊張感があった。

素敵な演奏をありがとうございました。cherryblossom

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山田和樹さんのマーラーツィクルス 第4回

2016/1/30(土) 15:00~ オーチャードホール

武満 徹   系図 -若い人たちのための音楽詩-
       (語りとオーケストラのための)
  詩  :谷川 俊太郎
  語り :上白石 萌歌

マーラー   交響曲第4番 ト長調
  ソプラノ: 小林 沙羅

指揮   :山田 和樹

前半の武満といい、後半の4番といい、私にとっては、こんな素晴らしい演奏会の空気を味わえて幸せを感じる。

《系図》は、曲を聴く前になんと素敵な詩だろう、と感じた。オーケストラをバックに上白石さんから語られる詩は頭のなかでクリアに映像化され、それが美しい音楽に見事に融合した。「キレイ」な音楽とはいえ不協和音いっぱいだが、強く感情を揺さぶられた。標題音楽は苦手と、先週書いたばかりだ。それはともかく、今日の《系図》は音楽と頭の中の映像との見事なコラボレーションを味わうことができた。オペラにも通じるとも感じた。

語りを10代の若い女性、上白石さんにこだわった山田さんの気持ちも少しわかった気がする。いい詩でいい曲で、いい語りでいい演奏だった。

4番は、他のマーラーの交響曲に比べて馴染めない曲だった。派手さがないし、あの鈴の音と諧謔性で馬鹿にされている気がして、どうもひいてしまっていた。私にとってはそんな4番だけど、今日の演奏くらいドキッとするのは珍しい。

美しさと諧謔性、古典と現代、静と動、そんな対比が見事に表現されていたと思う。特に第1楽章が素晴らしかった。第1主題とそれに続くメロディはどれも古典的なイメージが強調され、山田さんらしい美しい演奏であった分、次々と現れては消えるため酔いきれない。マーラーの思う壺だ。これが「異化」か、と実感できた。

第3楽章は大好きな山田節が光る。日本人らしくて、繊細で、しかもベトベトしてない。毎度日フィルの弦が美しいのは感じるが、山田さんの指揮ではなんともいえないロマンティックな香りが強くなる。一方で繊細な微弱音を息を止めて聴いていると、突然の大音量で緊張感をぶち壊され、ここでも「異化」を実体験だ。

4楽章のソプラノも美しさより諧謔性を強調し曲全体をより引き締めたように感じた。私は最終楽章があっけなく終わってしまうように感じるが、これもマーラーに「してやられた感」があり、今回ばかりは小気味よく感じた。

来月の5番、山田さんはアダージェットはどんな風に演奏するのかな。とても楽しみだ。

行けるかどうか。
行けますように。
希望は捨てない。sprinkle

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山田さんの別宮1番とその周り

2015/9/5(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第673回東京定期演奏会

ミヨー    バレエ音楽《世界の創造》作品81
ベートーベン 交響曲第1番 ハ長調 作品21
イベール   アルト・サクソフォンと11の楽器のための室内小協奏曲
別宮貞雄   交響曲第1番

指揮     : 山田和樹
サクソフォン : 上野耕平

疲れが溜まっているときは聴き慣れた曲がいいな、と思う。そんな訳で今回の演目は残念ながらなかなか気持ちが入り込まなかった。

ミヨーはこの曲で世界的名声を確立することになったというが、管楽器に比べて弦の音量が弱く、バランスとしてどうなのかな、と感じる。

別宮さんは、尊敬するのはベートーベンとのことだが、今日演奏した交響曲第1番の、特に2楽章から4楽章は、ショスタコーヴィチの影響が大きいように感じる。演奏会後もショスタコーヴィチの曲が頭で鳴っていた。うーん、ちょっと気持ちが入らなかった。演奏の良し悪しではなく。

イベールは、思っていたより、良かった。1楽章冒頭がメシアンのトゥーランガリラ交響曲の1楽章冒頭に似ててこれもビックリしたものの、いい曲でありいい演奏だったのだろうと思う。ただ、サクソフォンの音がサントリーホールに合わないのではないか、と感じた。反響が大きすぎて音にしまりがないような印象。効きすぎたエコーのような。もともと余り好きな楽器ではないので余計にそう感じるのかもしれない。同じ金管でもトランペットではそう感じないので、やはり好き嫌いの問題かもしれない。もしくは周波数帯の違いか。

なんだかんだ言って拍手が一番大きいのは、ベートーベンだった。疲れてなくても聴き慣れた音楽に人は感動しやすいんだな。今回は4管編成。楽譜の指示は2管だそうで、マーラーみたいな(ちょっと大げさ?)大編成。音楽としてもかなり興味深かった。妻は1楽章から爆睡だったが、それもやはり趣味の問題。

いい意味で厚く重い弦の音がベートーベンの音楽に合うように感じた。1楽章ではスフォルツァンドがスパイスのように効いていた。2楽章では第2バイオリンのソロから始まるが、弦の重厚感がソロと合奏のコントラストを強調していた。感動的だったのは4楽章。演奏者がノリノリなのが伝わってくる。緊張感もあった。普段聴くことができない4管編成のベートーベン1番、いい体験をさせていただいた。

残念だったのは1楽章の冒頭。なんだかバラバラでアレレ?と思った。それから4管編成もたまに聴くのは刺激的だけど、ちょっと厚ぼったいなぁ、と感じるところもあった。オリジナルの2管編成で作曲したベートーベンの才能の凄さか。

疲れていたり、悩んでいたりするときは、癒されたいんだ。聴きなれた優しい曲に包まれたい。そんな自分に正直になろう。scorpius

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山田和樹さんのマーラーツィクルス 第3回

2015/2/28(土) 15:00~ オーチャードホール

武満 徹   弦楽オーケストラのための「3つの映画音楽」
マーラー   交響曲第3番 ニ短調

指揮  : 山田 和樹
アルト : 山下 牧子
栗友会合唱団、杉並児童合唱団

まずは、バンダでトランペット(ポストホルン)を吹いたオッタビアーノさんと、トロンボーンの藤原さんに拍手。オッタビアーノさんは、まさか録音では?と思うほど完璧な演奏に思えた。ふたりとも素晴らしい演奏だった。感謝です。

次に6楽章。出だしの弦楽合奏ではとても小さく繊細な音で弦楽合奏が始まり、最後の大音量クライマックスまで導かれていた。音の美しさに心が洗われる。

全体を通して、厚化粧ではなく、かといって平たんでもなく、後からじんわりと感動するよう。

曲の最後が素晴らしかった。演奏はもちろん、聴衆も拍手を我慢し100分の余韻を楽しんだ。沈黙が破られた瞬間、鳥肌が立った。私の場合、演奏会会場を出た後に感動が押し寄せてきた。

反面、あれ?と思うことの多い演奏でもあった。オッタビアーノさんと藤原さんの金管以外はいまひとつ乗り切れていないように感じた。あちらこちらで音が外れたり遅れたりしたため、気になった。全体的にゆっくり穏やかな雰囲気が多い曲なためか、ちょっと音が外れても目立つ。また1楽章の後半でいろいろな旋律が出てくる箇所など、楽器群ごとにタイミングがずれているように感じる箇所がいくつかあった。

そうは言っても、曲の途中で涙がこみ上げているおじさんも近くにいたので、当然万人が否定的なわけでもない。私ももちろん感動した。しかしだからこそ気になった点が残念でもあった。

1週間前の2番が私にとってあまりにも感動的すぎたのかもしれない。

私にとってクラシック音楽は感動を楽しむためにあり、批判を楽しむものではない。音楽好きのひとりとして、まずは楽しむ努力をすることは大事だと思う。涙がこみ上げていたおじさんは「よかった~」って言いながら会場を後にした。こういう風に純粋に音楽を楽しむことが大事なんだな、と改めて思い知らされた。clover

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山田和樹さんのマーラーツィクルス 第2回

2015/2/22(日) 15:00~ オーチャードホール

武満 徹   混声合唱のための「うた」より
マーラー   交響曲第2番 ハ短調《復活》

指揮  : 山田 和樹
ソプラノ: 林  正子
アルト : 清水 華澄
東京混声合唱団、武蔵野合唱団

山田さんは、今回初めてマーラーの2番を指揮するとのこと。私も今回初めてこの曲を聴きこみ、初めて生で演奏を聴く。

マーラーは天才だ、と山田さんはこの曲を解説して言う。素人の私もそう思うが、いやいや、演奏も素晴らしかったと思う。

全曲通しての緊張感。指揮者、オーケストラ、ステージ裏演奏のバンダ、合唱にソロが見事に一体感があった。こんな大編成の曲を作るマーラーもマーラーだが、これほどまでにまとまるものなのだ。人間ってスゴイ、って思う。

1楽章の第2主題、2楽章など、素でも美しい旋律をいつもロマンティックに歌いあげる山田節もうれしい。2楽章のピチカートもとても丁寧にまとめていたし楽章の最後の緊張感も素晴らしい。テンポの揺らぎも想像していた以上にあって、でも嫌みでなく、品があり心地よい。1楽章展開部終わりの崩れるようなクライマックスや第1主題が戻ってくる再現部冒頭もあまりに劇的で鳥肌がたった。

4楽章のアルトソロも声量があって迫力。3階席の奥まで伝わるものがあった。

バンダはステージのオーケストラの音と合わせるのが大変なようだが、ほとんど気にならなかったし、遠くから聴こえてくる効果も感じられ、バランスとしてもよかったのではないか。

バランスと言えば、オーケストラの各楽器はもちろん、オーケストラと合唱、ソロのバランスもよかった。山田さんの美しさを求めるセンスの良さなのではないか。山田さんも天才だ、と私は思う。

今回は、Wikipediaの楽曲構成の解説を活用した。長い長い曲を少しでも理解する手段になると思ったからだ。ソナタ形式なのか三部形式なのか。どこで主題が提示されているのか。どこから再現部なのか。持っている録音を聴きながら区切りの時間を記録していく。こんなことしないとマーラーの音楽は理解できないのか。楽しめないのか。不思議なことに曲を細切れに分解して全体の構成が見えてくると、何だかわかったような偉そうな気持ちになる。邪道なようにも思うけど
てっとり早く曲を楽しむために、私にとってはいい方法なのかもしれない。

少しずつ少しずつ、マーラーにハマっていく自分。いいのかなぁ。底なし沼に落ちていくようで怖い。moon3

今日は、武満の曲も寝なかった。いい曲だったな、と思える合唱だった。いや合唱というより、昭和のポップスを聴いているようだった。優しく、懐かしく。

余韻に浸る余裕は1週間しかない。なんだかもったいない。3番の予習をしないと。pen

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