ピエタリ・インキネン

インキネンさんの「ラインの黄金」

2017/5/26(金) 19:00 東京文化会館
日フィル 第690回 東京定期演奏会

ワーグナー 楽劇《ニーベルングの指輪》
        序夜「ラインの黄金」

指揮: ピエタリ・インキネン


ワーグナー嫌いの妻に
「あきらめないで来てよかった」
と言わせた演奏だった。
休憩なしの2時間半。よく黙っていたものだ。

「ワーグナーって、エンターテインメント。
 スターウォーズみないたものね。」
「モーツァルトやプッチーニの方が
 よほど芸術性が高いと思う」
とも妻は言った。

耳に残るライトモティーフが
登場人物や風景、心情を描き出し、
今回は演奏会形式ながらも
色が印象的なライトの演出でさらにわかりやすい。
衣装も現代風で静かに演出を助けていた。

アリアもほとんどなく、ストーリー優先。
心情を吐露した歌も少ない。心をえぐるような歌がない。
(そこはちょっと不満です、ワーグナーさん)

ワーグナーは他のオペラとはちょっと違う。
そんな印象を私自身も持った。

今回なによりもすごかったのは歌手のみなさん。
海外勢、日本勢問わずスゴイ声量、迫力だった。
日本人は西洋人と比べるとまだまだという印象を持っていたが、
そんなことはなかった。

拍手が多かったのは、
アルベリヒ役のワーウィック・ファイフェさん。
そして一番は、
ローゲ役で代役を務めた西村悟さん。
私もこのお二人には拍手、拍手。

フロスヒンデ役の清水さん、
巨人役の斉木さん、山下さん、
ドンナー役の畠山さん、
フロー役の片寄さん、
日本人歌手、すごい。

今回、歌手のみなさんに魅せられてしまい、
オーケストラの印象があまり、ない。
冒頭のホルン、うまくいってよかったなぁ、
鉄床を叩く音も上品でインキネンさんらしいなぁ、
というところか。ごめんなさい。

逆に言えば、
それだけ歌手のみなさんと一体になった
総合芸術の世界を創り出していたということではないか。

もう一回聴きたいか、と言われれば、
妻と同じく、ノーです。
ワグネリアンにはなりません。

でも、
「ワーグナーのラインの黄金、全曲聴いた」
という達成感がある。

なんとなく、
ワーグナーの世界をかなり深くまで覗けた、
という満足感がある。

そんな演奏会でした。

最後に補足。
この演奏会に先立って行われた、
5月10日の東条碩夫さんのレクチャーがなければ
ここまで楽しめなかった。
こちらも濃厚な2時間でした。

bud

ユッカ・ラジライネン (ヴォータン)
リリ・パーシキヴィ (フリッカ)
西村 悟 (ローゲ)
ワーウィック・ファイフェ (アルベリヒ)
安藤 赴美子 (フライア)
畠山 茂 (ドンナー)
片寄 純也 (フロー)
池田 香織 (エルダ)
林 正子 (ヴォークリンデ)
平井 香織 (ヴェルクリンデ)
清水 華澄 (フロスヒンデ)
与儀 巧 (ミーメ)
斉木 健詞 (ファーゾルト)
山下 浩司 (ファフナー)

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インキネンさんのブラームス3番・4番

2017/4/15(土) 14:00 オーチャードホール
日フィル 第689回 東京定期演奏会

ブラームス 交響曲第3番 ヘ長調 op.90
ブラームス 交響曲第4番 ホ短調 op.98

指揮: ピエタリ・インキネン


いい演奏を聴いた後は気持ちが晴れやかになる。

今日のブラームスの4番はすっと身体に入り込んできた。
会場を出た後の、この爽快感は久しぶりだ。

全体的に重厚な印象ではないのに
レンガのように弦が硬めにリズムを刻み、
金管は時には鋭く時には甘く奏で、
木管は穏やかにでもはっきりと主張している。

この曲がウィーンで認められたのは、
初演から11年後、ブラームスが亡くなる1ヶ月前という。

そんなことを考えると、
特に4楽章はブラームスの最後の交響曲にかける思いが、
足元からお腹に向かって押し寄せてきてゾクッとした。

私がこの曲を初めて聴いてから
30年余りが過ぎたにもかかわらず、
新たな感動に出会えるというのもまた、
この曲の味わい深さなのかもしれない。

3番はいままであまり魅力を感じていない分、
何か新しい発見や驚きがあればいいな、
と少し期待していた。

4番よりもさらに軽めの演奏で
インキネンさんらしいキッチリ感や緊張感は
感じることができたものの、
何かもう少し心に迫ってくるものがなかった。
高望みしすぎかな。
インキネンさん、この曲嫌いなんだな、と思った。

ホールも気になった。
2階席の奥の方、屋根(3階席)が深くかぶっていて、
ステージとは別の部屋で聴いているよう。
拍手もその周囲ばかり聞こえてくるので
ホールにいる一体感は感じられず、
自宅で畳に寝転んでテレビ観てる感じ。

オーチャードホールに来ると
時々こういうちょっと残念な感覚を味わう。

しかしどうでもいいことだけど、
プレトークでのインキネンさんの俺様族的な態度、
人間性に問題ないか?

日フィルのみなさん、
インキネンさんの取り扱いは大変だと思うけど、
どうかよろしくお願いします。
インキネンさん+日フィルの音、大好きなので。

bud


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インキネンさんのブルックナー8番

2017/1/21(土) 14:00 サントリーホール
日フィル 第687回 東京定期演奏会

ブルックナー   交響曲第8番 ハ短調 WAB.108

指揮       : ピエタリ・インキネン


「ワーグナーだって、ブルックナーだって、マーラーだって、みんな一緒!ワケわかんない!」
「インキネンなんか、ただ音がきれいなだけでおもしろくない。」
そういい放って、妻は横浜公演に席替え。

《日フィル》-《インキネン》-(《ワーグナー》+《ブルックナー》+《マーラー》)を計算すると残りはあまり多くない。それも辛い選択だ。

残されたブルックナー好きは、久しぶりの8番にワクワクで独りサントリーホールへ。
尾高さん+N響(2007年6月)、高関さん+日フィル(2010年11月)、に続き3回目。

8番は、第3、第4楽章が肝だと、いつも思う。
できることならノンストップでいっちゃってください。

今回心に残ったのは、第3楽章。

「管」のブルックナー、とプレトークの舩木さんは言っていたけど、私は「弦」の美しさに魅せられる。

純粋な音の美しさだけでなく、表情の豊かさ、緊張感。このゆったりと深いテンポで最後まで「聴かせる」のは、自分への自信とオーケストラに対する信頼がないと難しいのではないか。

ブルックナーじいさんがタバコ燻らせながら「これこれ」と言っているのが天国から聞こえてくるようだ。仕事も日常も、すべて忘れてブルックナーの海に漂う幸せ。

そういうところに心を奪われる自分って、世間の「ふつう」からかなりずれてる。
(って、最近思うことが多い。)
それくらいでないと、ブルックナーは聴けない。(とも思う。)

演奏が終わって心に残ったのは、ベートーベンの交響曲を超えた、ワーグナーの総合芸術とも違う、ブルックナーの偉大さだった。

一時間半。

ふつうでも演奏に80分前後かかるみたいだけど、全体的にかなり遅い演奏だった。私が持ってる録音2枚、過去聴いた2回の8番のどれよりもゆっくりだったと思う。

聴く方も大変だけど、最後まで緊張感をもって演奏する指揮者もオーケストラも大変だ。天国にいるブルックナーじいさんと祝杯ですね。おつかれさまでした!


wine

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インキネンさんのイギリス

2016/4/23(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第679回東京定期演奏会

ブリテン   ヴァイオリン協奏曲 作品15
ホルスト   組曲《惑星》 作品32

指揮     :ピエタリ・インキネン
ヴァイオリン:庄司 紗矢香
女性合唱  :東京音楽大学

やっぱりインキネンさん、いい。

アフタートークの、
「9月は俺の首席指揮者のデビューだ、みんな来てくれ」
「九州の募金、ヨロシクな」
みたいな指揮台に肘をついた俺様族的な態度が、ではなくて、音楽が、いい。

インキネンさんはテンポの取り方が柔軟で表現が豊かだな、と今日、改めて思った。過去の演奏でもマーラーや近代の曲でも感じたし、今日の《惑星》でも同じだ。微妙なテンポの揺らぎや調整が心地よい。

第4曲《木星》の中間部のゆっくり度合いも好みだった。CDでも早めだったり、だんだん早くなったり、納得いかないことが多いからうれしかった。一方で第5曲《土星》はインキネンさんがテンポを落とそうとしてるのにオーケストラが変化についていけてないところがあったように感じた。気のせいかな。

組曲だから、って思いつつも、第1曲《火星》から《木星》までの4曲で充分、って思う。有名なのに普段なかなか全曲通して聴く気になれない。頭の中でどうしても4楽章形式にしたいらしい。爆発的かつ攻撃的な《火星》、穏やかで緩徐楽章にあたる《金星》、ひょこひょこして面白くスケルツォ楽章にあたる《水星》、元気に盛り上がる終楽章《木星》。これで交響曲《惑星》だ。

あー頭が固くなってるなぁと反省。

とは言いながら、第5曲以降の《土星》、《天王星》、《海王星》、をどう聴いたものか、といつももやっと感があるのは事実。今日も、もやっと感が解消されたわけではないけど、残りの3曲も退屈させない演奏だった。

終曲の《海王星》ではどこから聞こえてくるのかわからない天の声のような女性合唱が神秘的で、背筋がぞくっときた。素敵な終曲だった。

今日はじめて「組曲《惑星》」全曲が好い曲だなぁ、と感じることができた。
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ブリテンのヴァイオリン協奏曲、曲自体もベルクのヴァイオリン協奏曲よりずっと聞きやすく、楽しませてもらった。スペイン内戦への追悼、第2次世界大戦への不安、という考えが当時のブリテンにあったのかも、と思うと、すっと馴染む曲だ。

庄司さんのヴァイオリン、難しそうなところもすごく丁寧に、1音1音職人が寿司を握るように音が出てきたことに、耳がごちそう様と言っていた。特に低音が心地よく、癒しのあるヴァイオリンだと思った。ありがとうございました。

ただヴァイオリンの音は私より妻の方がうるさく、「平坦、退屈」と厳しい意見だった。聴く人それぞれだ。
wine

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インキネンさんのヴェルディ レクイエム

2016/4/16(土) 18:00~ 横浜みなとみらいホール
日フィル 第316回横浜定期演奏会
ヴェルディ レクイエム
指揮    :ピエタリ・インキネン
ソプラノ  :安藤 赴美子
アルト   :池田 香織
テノール  :錦織 健
バリトン  :妻屋 秀和
合唱    :晋友会合唱団


今にして思えば、2009年にバレンボイム指揮のミラノスカラ座管弦楽団の演奏で初めてヴェルディのレクイエムを聴いたとき、もっと驚いてもよかった。あの時に逆戻りしてもう一度聴いてみたい、と悔しがっても仕方がない。何の驚きもなく、わーすごい演奏だった、とただ感動してしまった自分がもったいない、と思った。

フォーレやモーツァルトもすごいけど、ヴェルディのレクイエムってやっぱりスゴイ曲だ、って感じることになった。大オーケストラと、混成合唱と、4人の独唱が大活躍して、それぞれがみんな美しくて、オペラを聴いているように劇的でロマンティックで。

生で聴くからこそ、そう感じたのだと思う。インキネンさんと日フィルの繊細で美しく、声楽を引き立てるオーケストラ、見事な合唱、バランスの取れたソロ。

特に前半はよかった。オーケストラは合唱や独唱を邪魔せず引き立てて脇役に、時には大音量で主役に、と見事にコントロールされていた。さすがインキネンさんだ、と思った。合唱は後から妻に言われて気が付いたが全曲楽譜なしで歌っていた。ソロは4人のバランスがよかった。日本人同士だからだろうか、本当に美しかった。特にメゾソプラノの池田さんとバスの妻屋さんの声は迫力だった。全曲通してこの2人が演奏全体を支えていたと感じた。代役となったソプラノの安藤さんの声も魅力的だった。迫力と繊細さと美しさをバランスよく聴かせてくれたように思う。

でも残念だったのは第7曲、代役だったせいか、また1時間歌った最後の最後、難しい曲なのだろう、もう少しだった。前半よかっただけにとても残念だった。

妻はかなり厳しい意見だったが、私にとっては十分心に響く演奏だったし、いろいろなことを感じたよい演奏会だったと思う。日本でこの曲を聴いてこれだけ感動できるのだな、とも感じ、オーケストラと合唱の質の高さは少し誇らしく思ったりもした。ただ独唱が合唱とオーケストラに比べて足を引っ張っているように感じたのが残念。毎度のことで覚悟はしていたけど、錦織さんは私としては納得がいかない。あまりに外の3人のレベルと違うので、何度か気持ちがスーッと冷めたところがあった。

毎度クールなインキネンさんはアンコールに応えてほいほいと舞台袖と指揮台を行ったり来たりしない。今日は特にクールで、「もうわかったから帰ろうよ」と声が聞こえてきそう。今日の出来を一番わかっているのはインキネンさんなのだろう。

bud

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インキネンさんの大地の歌、シベリウス

2015/11/7(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第675回東京定期演奏会

シベリウス 歴史的情景第1番 作品25
シベリウス 組曲《ベルシャザールの饗宴》
マーラー  大地の歌

指揮    : ピエタリ・インキネン
テノール  : 西村 悟
バリトン  : 河野 克典

インキネンさんはクールな割にはアンコールに呼ばれるとホイホイと指揮台に上がる。ラザレフさんは上がらないよな、俺様族(死語か?)出身か、お友だちにはなりたくないタイプだ、と、悪口言っても、インキネンさんの振る日フィルの音はお気に入りだからどうにも仕方ない。特にマーラーの美しさにはいつも参ってしまう。

前半のシベリウスも後半のマーラーも音量も節度がありバランスもよく、美しいと思う。ベルシャザールは息を止めてしまうほどの繊細さと緊張感。マーラーは歌手を引き立てるバランスの良さ、それに無情感を引き出す力を感じる。マーラーはやっぱり天才なんだな、と思うと同時にインキネンさんのすごさも感じる。

シベリウスもマーラーも、今日はフルートの真鍋さんがすごかったな。ぞくっとした。

ただ、今日の演奏は演奏する方も客席の方も、なんだか少し緊張感が足りなかったような、そんな印象。それが残念だった。shoe

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インキネンさんのブラームスとブルックナー7番

2015/4/25(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第669回東京定期演奏会

ブラームス  ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 作品15
ブルックナー 交響曲第7番 ホ長調(ハース版)

指揮  : ピエタリ・インキネン
ピアノ : アンジェラ・ヒューイット

プレトークの舩木さんがインキネンさんの演奏について、「ノーブル」という言葉を使った。高貴な、とか、高潔な、という意味で使われたのだろうが、私がインキネンさんの演奏に感じていることを一言で言い表していると感じた。カタカナだとわからなくなることが多いけど、「ノーブル」という言葉はぴったりだと思った。ブルックナーを聴く間、何度もこの言葉が頭をよぎった。

ブルックナーは心の底から気持ちよくなる演奏だった。やったーnoteって感じだ。微音の緊張感があり、それぞれの楽器の音が独立してはっきり聴こえ、美しい。強奏でもうるさくない。最初から最後までハイレベルだった。インキネンさんの演奏だなぁ、って感じた。この場にいれて本当にうれしかった。

今回のブルックナーはいくつも発見があって面白かった。

第1楽章の出だしのトレモロの緊張感と言ったらない。意外にも室内楽のような素朴な美しさも持ち合わせた楽章だった。

第2楽章の美しさ。弦の重なり、ワーグナーチューバとホルンをはじめとする金管の音の素晴らしさ、ベルヴェデーレ宮殿から見たウィーンの景色を思い出す。すぐ近くにブルックナーの住んだ家があったなぁ。

第3楽章は、息をのむような緊張感の第2楽章から解放されて肩の力を抜いて聴くことができた。しかし中間部がこんなに美しいとはビックリした。

第4楽章で印象的だったのは、ずっしりとテンポを落として演奏された第3主題。重厚感が胸に響いた。確か第3主題の後もそうだったけどところどころで少し長めにポーズをとってホールに響く残響を楽しむ時間を与えてくれた。食後のデザートに冷たいアイスクリームを出されたようにすがすがしい。

改めてインキネンさんと日フィルを惚れ直した1曲だった。
最後もインキネンさんの手が下りるまで客席の沈黙は保たれた。
好い演奏は客席にも緊張感を伝えるものなのだ。

反対にブラームスは残念だった。

ピアノのソロが第1楽章から音を何度も外すので、聴いているこちらの緊張感が持たない。眠くなってしまった。とはいえ第2楽章は美しくとろけた。若いブラームスの情熱を感じる演奏だった。しかししかし、「ブラボー」はないだろう。演奏終了後に憮然として妻に言うと、そういうと思った、と言われた。妻はそれほど嫌ではなかったらしい。感じ方は人それぞれだ。

3年前のラザレフさんと河村尚子さんの同曲の演奏が忘れられない。あー、もう一度あの演奏が聴きたい。演奏会って、一期一会だなぁ。

今回もWikipediaの楽曲の構成欄で各楽章の構成を頭に入れておいた。特にブルックナーは長い長い演奏をいくつかのブロックに区切っておくことでずいぶん理解が深まったように思う。終着駅にいつ到着するかわからないまま電車に乗るのは不安だけど、終着駅と途中駅の到着時刻を知ることで自分の旅の全貌が見えてきたりするものだ。shoe

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インキネンさんのマーラー7番

2014/11/15(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第665回東京定期演奏会

シベリウス  交響詩《大洋の女神》作品73
マーラー   交響曲第7番 ホ短調《夜の歌》

指揮  : ピエタリ・インキネン

5番がいまひとつよくわからないのと同じように、7番も予習で苦戦。本棚に積んであるマーラー関連の書籍を読み返してみると、立派な指揮者や評論家たちも「よくわからん」とのこと。そりゃ私がわからなくても無理はない。前回のショスタコ4番に続き、また諦めの境地へ。それでもマーラーに挑みかかろうとする気持ちがなくならないのは、やっぱり自分にとってのマーラーは高校生の時に聴いたアリスと一緒だからかもしれない。

名曲なのか駄作なのか、明るいのか暗いのか、自分ではよく理解できないまま今日の演奏会へ足を運んだ。生の演奏を聴いて自分なりの感想を持てばよいと。マーラーの演奏ほど録音と生演奏の感動量の違いが大きい曲はないことを体験的に理解しているからね。

大編成で、次々と旋律が出てきてテンポが変わり、大音量と思えば室内楽のようなシンプルな音になり、あちらこちらでいろんな楽器たちが奇声を上げ、その楽器たちには奇妙なものが含まれているときている。それは演奏するにかなりの難曲なのだろうとは想像がつく。しかしまぁ、何とキレイな音。ごちゃごちゃせず音が湧水のように澄んでいる。

1楽章は街中の騒音のようにピッコロの「ピー」、コントラファゴット?の「ブー」が聞こえる。私はこんなところにマーラーが同じ現代に生きた人なのだということを感じる。でもそんな「ノイズ」さえ美しく感じるのはマーラーの力か、インキネンさんの指揮か、日フィルのおかげか。

4楽章では大オーケストラと室内楽が紙芝居の絵をめくるように切り替わり、ギターとマンドリンの音色がアンプなしでもキレイに映える。これにはビックリ。

積んだ本を読み返してみると第5楽章の明るさが第4楽章までの暗さにマッチしないという。生の演奏を聴いて自分もホントにそう思うか、と興味があった。最後まで聴いてみると、まぁいいんじゃないかな、とういのが率直な感想。従来の交響曲をパロディーとして作った曲だという解釈もあるようだが、私は今日の演奏を聴いて、マーラーがまじめに自分の喜びを表現した曲だったと信じることにする。自分の喜びや幸せな感情を表現するということが難しかっただけなのだ。マーラーはきっと、現代人の苦悩を表現するのは得意だが個人的な喜びや幸せを表現するのが苦手だったのだ。エンジニアが人付き合いが苦手なように。そう思って聞けば2楽章も4楽章も穏やかで幸せな「夜」であり、悩みや心配事を抱えながらつかの間の幸せを感じる現代人の複雑な毎日を感じ取れるではないか。これだからマーラーは興味が尽きないのだろう。

全楽章通して、なんと美しい音。インキネンさんの演奏会はこれが好き。ただ1楽章のユーフォニウムの演奏がちょっと残念だった。大事な音がちゃんと出ていなかったように思え、本に書いてあるようにどのくらい素っ頓狂な音なのか、見極められなかった。それでも全体的には大きく乱れることはなく素晴らしい演奏だったように思う。

ちなみにマーラー嫌いの妻が前半後半通しでどこまで寝るのか、とこっそり様子をうかがっていたが、マーラーで寝ていたのは1楽章の最初だけ。後から何があったのかと聞いてみたら「ホルンの音があまりに良かったからビックリして目が覚めた」とのこと。確かに。首席の日橋さんとのこと、素晴らしい演奏をありがとうございました。妻が爆睡せずにすみました。

ちなみに私はシベリウスで熟睡しました。それくらい音が美しかった、なんて言い訳して。最後の盛り上がりを聴いて、あー最初から聴いておくんだった、と後悔しても遅い。マーラー7番に手間取りすぎて予習がまったくできなかったのは
前回と同じ。

マーラーはやっぱり面白い。生演奏でなければわからないところが憎い。今回はなかなか大変だったけどね。maple

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インキネンさんのマーラー6番《悲劇的》

2014/6/28(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第661回東京定期演奏会

シベリウス 交響詩《夜の騎行と日の出》作品55
マーラー  交響曲第6番 イ短調《悲劇的》

指揮 : ピエタリ・インキネン

最近マーラーの交響曲が気になって仕方がないのはなぜだろう、と考える。

マーラーは高校時代によく聴いたアリスの音楽に似ている。自分がその中に入り込んでしまう。仕事の成功だったり失恋の苦しみだったり、曲の中に自分自身の人生を追体験できる。この曲はあなたの人生そのものでしょ、とマーラーもアリスもささやいている。「遠くで汽笛を聞きながら」を繰り返し口ずさんで、ベーヤンとチンペイさんはボクの気持ちをわかってくれる、そう信じた高校生の自分にとってのアリスが、マーラーに置き換わった。

マーラーもアリスも、自分と同じ時代を生き、同じ悩みを持ち、生きていた。それを実感できる。あまりにも低俗な例かもしれないけど。

マーラーの交響曲をすべて聴き込んだわけではないが6番は特に好きな曲だ。それは古典音楽の形式美を持っているからだと思っている。モーツァルトやベートーベンの交響曲と同じように4楽章構成でスケルツォやアンダンテの楽章を挟んでソナタ形式の楽章がある。これだけで何となく安心してしまうのは、自分がいつの間にか西洋古典音楽の形式に洗脳されているせいかもしれないが。

そんなことを考えながら、佐渡さんと日フィルの演奏に続いて2度目の《悲劇的》を聴くことになった。

ベートーベンの交響曲が苦しみから喜びへの変化を表現しているとしたら、マーラーの6番は「葛藤から調和へ」を表現しているに違いない、と感じさせてくれた演奏だった。

第1楽章は、第2主題が印象的だった。音の強弱や溜めなどを多めに取って女性的な優しさを前面に出したようであった。それによって第1主題との対比もより明確になってコントラストの強い演奏になったように思う。一方でこの楽章は先に書いたように葛藤や対立を感じさせる。なぜなら弦楽器群に対して、ピーとか、ブーとか、ボーとか、管楽器や打楽器が美しい弦楽器群に挑みかかる。オーケストラ全体として決して調和がとれているとは感じられない。これはマーラーが作曲時点で意図したことをインキネンさんが解釈してできた演奏だと感じたし信じたい。もしかしたら演奏がまずかったか?私はそうは思いたくないな。

逆に第4楽章は、調和や統一を感じる。葛藤を乗り越えがむしゃらに突き進む意思を感じる。あれだけの複雑な旋律の中でオーケストラ全体の音が調和して不快感がない。大音量でもうるさくない。インキネンさん+日フィルのコラボの力。

私が一番感動したのは第3楽章。第2楽章との間に客席が少しざわついたが、インキネンさんは客席が静かになるまで指揮棒を動かさなかった。こういう神経質な感じの人とは友達にはなりたくないけど、指揮者としては大好きだ。案の定、出だしの旋律から緊張感があり少しずつ盛り上がっていくことでさらに惹きつけられるそんな演奏だった。とてもロマンティックであった。

生演奏のマーラーはいいな。ますますはまってしまった。bud

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インキネンさんとバイロイト音楽祭出演の歌手たちによる《ワルキューレ》

2013/9/7(土) 16:00~ サントリーホール
日フィル 第653回東京定期演奏会

ワーグナー  ジークフリート牧歌
ワーグナー  楽劇《トリスタンとイゾルデ》より前奏曲と愛の死
ワーグナー  楽劇《ワルキューレ》より第1幕

指揮  : ピエタリ・インキネン
ソプラノ: エディス・ハーラー
テノール: サイモン・オニール
バス  : マーティン・スネル

ワーグナーの良さがまったく理解できない私でさえこれほど感動したのだから、ワーグナー好きが興奮のあまり立ち上がって拍手したとしても気持ちは十分理解できる。通勤時間に録音を何度聴いても何がよいのかさっぱり理解できず、さすがに今回は前後半通してバクスイか!と覚悟していたのに何ということだ。すごい経験をさせてもらった。やはり音楽はライブでないと伝わらないものがたくさんあるのだ。

以前、ネルロ・サンティさん指揮のN響でプッチーニ作曲の《ラ・ボエーム》を演奏会形式で聴いたのがオペラに興味を持ったきっかけだった。遠く3階席で感じたあの感動も忘れないが、今回の演奏にはかなわない。

そんな訳で《ワルキューレ》の最初のテノール(オニールさん)の歌が始まって間もなく、私の目には次々と涙が溢れこぼれていた。若い女性ならいざ知らず、かわいくもないから止まれ止まれと思ってもどうしようもない。

N響のときは歌手はずっと立ったままだったが今回は小さいながらも身振りや動きが加わりより深く強く伝わるものがあった。さらにライトモチーフと言われるものだろうか、登場人物を思わせる旋律や剣を表現するときのキラキラした音はまるでそこにオペラのステージがあるかのように感じた。プロの仕事だ、と唸った。

歌手を支えるオーケストラも出だしから緊張感を醸し出し、歌手の3人を十分引き立てていた。オペラでは毎度のことだが、今回もあちこちに気がまわらずに歌手に意識が釘付け状態だったため、オーケストラに注意を向ける余裕はなかったのが毎度のことながら残念だ。それでもインキネンさんの指揮は音が繊細で美しいのはわかった。歌手が歌わない部分の微音の美しさはさすが。息を飲んだ。

私の場合ワーグナーの音楽を理解できないまま死んでいくのだろう、と思っていたが今日の演奏を聴いて、あれ?もしかしたら、って思い直した。いや、ただワーグナーのオペラを将来楽しむことになるかもしれない、という予感がしただけだ。こんなことで簡単に好きにはならないぞ。

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