アレクサンドル・ラザレフ

ラザレフさんのグラズノフとプロコフィエフ

2017/6/17(土) 14:00 東京文化会館
日フィル 第691回 東京定期演奏会

グラズノフ   バレエ音楽《お嬢様女中》 op.61
プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番 変ニ長調 op.10
プロコフィエフ スキタイ組曲《アラとロリー》 op.20

指揮    : アレクサンドル・ラザレフ



お嬢様女中も、ピアノ協奏曲も、スキタイ組曲も、
どれもラザレフさんの魅力満載。

特に印象に残ったのは、お嬢様女中。

この曲は寝る、と思っていたのに、
あまりの美しさにびっくりして寝れなかった。
こんなに美しく華やかな曲だったのか、と改めて驚いた。

次々と移り変わるシーンごとに、
微妙に色彩が変化するバレエの舞台が目に浮かぶようだった。
チャイコフスキーのような馴染みやすい旋律は少ないけど、
オーケストラの音の響きがとても心地よい。
作曲がよいだけではなく、
各パートの黄金律を見出したラザレフさんにも拍手。

この演奏で、バレエを観てみたい。
こういううれしい誤算は演奏会の楽しみだと思う。

ピアノ協奏曲はいつもの控えめなラザレフさんはどこへやら、
元気いっぱい、まるでピアノをけしかけるような仕草、
フィナーレでは、オーケストラに負けるもんかと若林さんの必死の形相。
ソリストの背景のような控えめなオーケストラもそれなりに味があるけど、
今日の協奏曲は迫力満点。

スキタイ組曲はロックコンサート顔負け?の
大迫力と大音量を味わえた。
それなのに音のつぶつぶがキラキラして、
ポロポロこぼれ落ちてきそうに聴こえるのが、
ラザレフさんのすごいところ。
ほんと、すごいな。

それでも私の中では、
スキタイ組曲にかき消されることなく、
お嬢様女中の勝ち。
演奏の美しさが勝りました。

東京文化会館の席は、4階の最前列、
ステージもよく見え、音もよく響き、まるでS席。
目を閉じても音の立体感を感じたし、
素朴で楽器のそのままの音が聞こえてくるような響き。
今日の演奏の音のつぶつぶのキラキラ感は
ホールのおかげもあるな。
改めていいホールだなぁ、と思った。


bud


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ラザレフさんのショスタコーヴィチ5番

2017/6/11(日) 14:30
東京オペラシティ コンサートホール 
日フィル 特別演奏会

チャイコフスキー  ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35
ショスタコーヴィチ 交響曲第5番 ニ短調 op.47

指揮    : アレクサンドル・ラザレフ
ヴァイオリン: 山根 一仁


~メール風に~

昨日の横浜定期演奏会の件、
ご丁寧にメールいただき、ありがとうございました。

お二人のメールに刺激を受けてワクワクしながら、
今日の会場の東京オペラシティーに向かいました。

Nさんのラザレフさんに対する感想は
まさに私も感じてきた事だったので、
あまりに一致していてびっくりでした。

熱さと統率力、その通りですよね。
演奏全体に緊張感があるんです。

それに音に対する繊細さ。
大きな音を鳴らしても汚なくならない。
微弱音は息ができなくなるほどの緊張感。

いちいち、うんうん、と頷いて読みました。

Mさんの、
ラザレフさんの体幹がぶれないから
指揮が明快で音の輪郭が感じられる、という話、
これは気が付かなかった!
でも確かにそうだと思う。
演奏中、私は指揮者を見るのが好きです。
これれら見方が変わりそうです。

それから今日の演奏、Nさんのお話通りでした。
超感動でした。特に第3、第4楽章がすごかった。

何年前だったか、
佐渡裕さんがベルリンフィルを指揮したとき、
この曲を振りました。

NHKでドキュメンタリーになってて、
その中で佐渡さんが第3楽章を
「白黒写真のように」と指示を出したのです。

その演奏はまさに白黒写真をイメージさせるもので
素晴らしい演奏だと思いました。

でも今日の演奏は違う。
ショスタ自身や庶民の苦しみや喘ぎが聞こえてきそうな
「おどろおどろしさ」がありました。

ラザレフさんは生のショスタを演奏したんだ、と思いました。
微弱音に、悲しさあふれた美しさを感じて切なくなりました。

第4楽章は凄みを感じさせ、Nさんの言う通り、
怒涛のクライマックスでも音の混濁はなし!
お見事です。

一方でこの楽章が単純な賛歌ではないと感じさせる理由は、
第3楽章のインパクトがあまりに強いからだと思いました。
いかがでしょう。

これこそラザレフさん+日フィルのパワーです。

因みにチャイコはピンときませんでした。
ラザレフさんは、
協奏曲ではソリストを際立たせるために、
オーケストラをやや控えめに鳴らせるようです。
ソリストが「タイプ」なら響くのですが
そうでないときは空振りになります。

ということで、私にとっては今回のチャイコは残念でした。
曲自体、あまり魅力を感じてないかもしれないです。
いろんなケースがあって一概に言えないのですが。

あと残念だったのはホールです。
低音で床が共振して音が濁ったように思いました。
また反響音がちと好きになれませんでした。

以前このホールで聴いたときは気にならなかったので、
座席の位置にもよると思いますが。
ホールの差って大きいですね。

私の最近のお気に入りは、
厚化粧で派手だけど美人タイプの(響きが華やかな)
サントリーホール、

素朴で質素な(響きは少な目だけどバランスがいい)
東京文化会館、です。

かなり無理矢理お誘いしてしまい、
ちと申し訳なかったかなぁ…と思ってましたが、
お二人のメールを読み、また今日の演奏を聴いて、
やっぱりお誘いしてよかったです。

お忙しいところお時間をいただき、
ありがとうございました。

また、お話聞かせて下さい!



bud


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ラザレフさんのショスタコ-ヴァイオリン協奏曲とグラズノフ5番

2016/11/26(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第685回 東京定期演奏会

ショスタコーヴィチ ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 op.77
グラズノフ 交響曲第5番 変ロ長調 op.55

指揮 : アレクサンドル・ラザレフ
ヴァイオリン : 郷古 廉


観客の反応って、けっこう敏感なんだなと改めて感じる。
ショスタコーヴィチの演奏が終わった後の拍手が鳴りやまず、ヴァイオリンの郷古さんは何度もステージに出てくることになった。確かにすごい演奏だった。

第1楽章からしっとりとした色気のある音を出していたので「あれ?」と思っていた。
曲が進むにつれて感じたのは色気にくわえて音に迫力があること、それにとても正確な演奏だなということ。ずるはしてません、という感じの。2日前に聴いたジョシュア・ベルさんのヴァイオリンとはまた違って、素晴らしい音だった。

第4楽章最後のフィナーレはオーケストラとの息がぴったり合って本当に見事だった。
毎度のことながら、ラザレフさんの協奏曲の指揮は独奏者を引き立たせるコントロールがすごい。全然邪魔にならないばかりか、今回はヴァイオリンとオーケストラの競演、という雰囲気まで創り出していたと思う。

郷古さんはまだ23歳、これから世界での活躍を期待しています。
ただちょっと心配になったのは、あまりにきっちりとまとまりすぎていること。素晴らしいテクニックであるにも関わらず、何か、尖ったものを感じにくいこと。ジョシュア・ベルさんは、ダンスを踊っているようにヴァイオリンを演奏し観ているわれわれまでノリノリになってしまうほど。それに比べて郷古さんの演奏する姿はほとんど直立。視覚的情報として少ないようにも思った。なんて、贅沢言っているかな。たまたま2日前に聴いたジョシュア・ベルさんとばかり比べるのもどうかと思うけど。
いやいや、これは期待の裏返し、次回の演奏を聴けるのが楽しみだ。

今日の帰りはグラズノフのおかげで、すっきりとした気持ちで家路についた。

第4楽章フィナーレの盛り上がりはすさまじい。ラザレフさんに見事にコントロールされているように感じた。

それにしても、音が厚い曲だ。この感覚、マーラーの交響曲にも近い印象を受けた。その分、指揮も演奏もさぞかし難しいのだろう。プレトークで山野さんがおっしゃっていた通り、演奏によってずいぶん雰囲気が変わるというのはわからないでもない。録音を聴いて予習していたが、この音の厚さはわからなかった。生演奏でないとわからない、というのもマーラーのようだ。

そういえば、山野さんのプレトーク、面白かったな。
グラズノフの素晴らしさがよくわかったし、ラザレフさんと日フィルがどれだけ熱を入れて練習したかもよくわかった。また話を聴かせてください。

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ラザレフさんのショスタコーヴィチ15番を、両陛下とともに。

2016/7/9(土) 16:00~ サントリーホール

日フィル 第682回東京定期演奏会
グラズノフ      バレエ音楽《四季》作品67
ショスタコーヴィチ 交響曲第15番 イ長調 作品141
指揮 : アレクサンドル・ラザレフ



今日は、書くのを止めよう、と一度は思った。

何故って、久しぶりに妻が感動するほどのいい演奏を、爆睡のあまり聴き逃したから。いい演奏に反応できないくらい自分は鈍感かい、とちょっと凹んだ。

遠くかすかに聞こえるグラズノフはノリノリで緊張感があり、それでも眠りに落ちる自分が恨めしかった。いい演奏であったことは、演奏後の拍手でラザレフさんが舞台に4回も呼び戻されたことでもわかる。週末に感動が味わえなくなるくらい、ウィークデーに仕事を頑張ってはいけない。ワーク&ライフバランスの時代だから。

それでも書こう、と思った理由は2つ。

後半から天皇皇后両陛下のご来席があり、日フィルにとっても、自分にとっても、記念すべき演奏会になったこと。

それから、後半のショスタコーヴィチが(前半寝たおかげで)心に残ったこと。

演奏会の会場に似合わないSPみたいな目つきの怖いおじさんが多いなぁ、と思っていたら、なるほど、両陛下のご来席だったらこの警備は理解。私の席のすぐ隣のブロックをほぼ貸し切り、物々しい警備の下でショスタコーヴィチを楽しんでいかれた。観客は拍手でお出迎え、10人くらいはいただろうか、緊張気味の報道陣も与えられた数分のうちにカメラを構えた。

ラザレフさんも演奏前に両陛下に向かってお辞儀、そんな普段と違う流れの中でも会場全体がピリピリした雰囲気にはならず穏やかな空気に包まれていたのは両陛下のお人柄であり、また日本国民の天皇家に対する敬意の表れなのだろう。

演奏後、観客は拍手で、団員は起立してお見送り、両陛下はしばらく拍手に応えて手を振っていらっしゃった。日本人でよかったな、ってなんとなく思った。こんなシーンには二度と出会うことはないだろう。

しかし、ロシアの軍事力を懸念したNATO軍が周辺国に軍事増強、というニュースをたまたま観たその日に、ロシア人指揮者がロシアの作曲家の曲を演奏するのを、天皇皇后両陛下がお聴きになる、というのは、何か政治的な意図を感じてしまったりする。いやいや、政治と音楽は別、政治音痴の私はこれ以上書かない。

そう、気を取り直して書き残そうって思ったのは、両陛下にお会いできたから、だけではない。後半のショスタコにいろいろな思いが駆け巡ったから。

ショスタコーヴィチはこの15番の作曲にあたり「陽気な交響曲を作りたい」と言ったと伝えられているが、結果として陽気なのは1楽章だけであり、1楽章を含めた全楽章は思い切りショスタコーヴィチワールドだと思う。

音楽ってなんと正直なのだろう、と思う。作曲に限らず、演奏することも、聴くことも(寝てしまうことも)、結局のところ今ここの自分でしかないのだ。音楽は真実、ともいえる。

全楽章通して心に染み入る演奏だったなぁ、いい曲だなぁ、と感じることができたけど、特に2楽章、4楽章が自分にとってはよかった。

2楽章はただ暗いというのではなく、心の中の閉塞感といおうか、行き詰まり感といおうか、今の時代にも通じるものがある。これだけ大きなオーケストラで小編成のアンサンブルのようにいろいろな楽器が語り合うようなところが心の中の葛藤を描いているようにも感じる。心の沈黙を、静かに静かに、ラザレフさんは表現していた、と感じた。

ラザレフさんの日フィル首席指揮者としての歩みが4楽章と重なる。一歩一歩、歩き続けてここまで来て、静かに締めくくる。最後の音が会場全体に、観客全体に染み込んでいく時間を十分楽しませていただいた。

両陛下が退席されたあとも、拍手は鳴りやまなかった。

桂冠指揮者兼芸術顧問として、さらに素晴らしい音楽を期待しています!

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ラザレフさんのショスタコーヴィチ6番

2016/5/21(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第680回東京定期演奏会

チャイコフスキー  組曲第1番 ニ短調 作品43
ショスタコーヴィチ 交響曲第6番 ロ短調 作品54

指揮 : アレクサンドル・ラザレフ


ショスタコーヴィチの音楽を聴くといつも、あぁ戦争ね、と思う。標題音楽ではないのに、時代背景と結び付けてなんとなくわかったふりをしている。でも本当は純粋に音楽そのものがスゴイな、いい曲だな、と感じられたらな、って思っていた。今日の6番の演奏は時代背景抜きにあーいい曲だと感じた。

2楽章、3楽章はものすごい迫力と緊張感で、ラザレフさん+日フィルの切れ味抜群の演奏にすっかり魅せられてしまったけど、1楽章は地味なりの良さがあった。1楽章あってこその2楽章、3楽章だ。

微かにささやくような音の緊張感や繊細さは毎度素晴らしいと思うが、1楽章のハイライトはフルートソロからチェレスタ、ホルンに引き継がれていくところだろう。

嵐の前の不気味な真っ黒な雲の隙間から夕陽が一筋差し込んで、一瞬嵐が来ることを忘れる、そんなホルンの音に感激。そこに至る長い長いフルートのソロは悪意への不安をかき立てられつつも、どこかで穏やかさと優しさが感じられる。フルートさんのキャラかな、と思った。ラザレフさんはフルートさんを指揮台に上げて称えていたけれど、ホルンさんにも拍手拍手。

一方チャイコフスキーは、音楽の表現の仕方、魅力の出し方がショスタコーヴィチと少し違っていたように思う。ピンとしたラザレフさんの緊張感は同じだけど、チャイコフスキーはその中にも旋律の美しさを際立たせるような細かい音の強弱が巧みに仕込まれていたように思う。

録音で何度か聴いたが、残念ながらどうも好きになれない曲だった。今日の演奏は録音よりはずっと素敵だったが、睡魔に負けました。ラザレフさん、日フィルさん、ごめんなさい。「細かい音の強弱が」とか何とかそれっぽいこと書いておきながら、本当は半分寝てました。


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ラザレフさんのショスタコ9番など

2015/10/23(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第674回東京定期演奏会

 

ストラヴィンスキー バレエ音楽《妖精の口づけ》
チャイコフスキー(タネーエフ編曲)
            二重唱《ロメオとジュリエット》
ショスタコーヴィチ 交響曲第9番 変ホ長調 作品70

 

指揮  : アレクサンドル・ラザレフ
ソプラノ: 黒澤 麻美
テノール: 大槻 孝志

 

ショスタコは楽しませてもらった。1楽章の早いテンポにびっくりさせられ、すっかりのめり込んだ。でも緩い2楽章を経て4楽章はお?ゆっくりか?と思ったら最後はテンポが上がってすごい盛り上がりだった。終わってみると違和感を感じない。 全楽章通した緩急のバランスって作戦があるのかな。

 

チャイコフスキーでは音量を全体的に落として、しかもしっかりとした美しい音で、声を際立たせていたように思う。ストラビンスキーではバイオリンの音が金属的でチャイコフスキー風の美しい旋律の中で現代の香りがした。

 

こう考えると、やっぱり指揮者って全体のストーリーを作る演奏会のプロデューサーなんだ、と思う。

 

そういえば、ショスタコのファゴットの表現力がすごかった。録音聴いてると気が付かなかったけどあんなに長いソロだったんだ。しかも4楽章につなぐとても大事なポイントと思った。「ファゴットの人、珍しく上機嫌」と妻は見ているところが違う。これも面白い。

 

ストラヴィンスキーは大半熟睡。最近例がないほど、よく寝れた。ね~む~れ~ね~む~れ~とストラヴィンスキーが誘っている。私だけでなく、客席の半分は寝ていた(と思いたい)。まぁ、こういう時もあるか。pencil

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ラザレフさんのブルッフとショスタコ8番

2015/6/13(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第671回東京定期演奏会

ブルッフ      ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 作品26
ショスタコーヴィチ 交響曲第8番 ハ短調 作品65

指揮    : アレクサンドル・ラザレフ
ヴァイオリン: 堀米ゆず子

あれ、やっぱりこの曲スゴイかも、って思った。予習不足、睡眠不足の私にそう思わせてくれたラザレフさんと日フィルって、スゴイのかも。

マーラーもブルックナーもそうだけど、ショスタコーヴィチも生演奏でないとわからないことが多すぎる。爆発的な大音量の後に木管のソロになる緊張感は演奏者も大変だろうが聴いている方もなかなかビリッとくる。

一方で静かな部分はいろいろな楽器がフィーチャリングされ、その楽器の魅力が充分語られていたように思う。こぶしが効いていたり微妙なニュアンスにこだわっていたり。指揮者も演奏者もどちらも技量が求められるのだろう。

スターリングラード攻防戦での勝利の後の音楽にしてはやはり暗すぎる、ショスタコーヴィチさんは何を言いたかったのだろう、と、思いながら聴いていた。が最後の数分でその答えを見つけた。どんどん音が小さくなって緊張感が増してくる中、不意に明るい和音が微かに響く。勝った戦いでも多くの死者が出て悲しみに打ちひしがれつつも、ようやく明るい未来の予感を手にした市民。戦争は勝った負けただけの単純な話ではない、とその一言を胸に突きつけられたようでドキッとした。もっともっと深いのかもしれない、そんなショスタコーヴィチの思いをラザレフさんと日フィルは表現していたのかもしれない。

前半のブルッフでは堀米さんの演奏がすごかった。オーケストラを圧倒する存在感と音の多彩さには本当にビックリ。その多彩さはアンコールのバッハでさらに広がった。音が立体的と言おうか、たった今楽器から出た音なんだな、と感じる生々しさと言おうか、妖艶さと言おうか、うまい表現が見当たらない。これも生演奏でないと感じることができない。

最後にどうでもいいことだが、ショスタコーヴィチの第3楽章は「ぐだぐだアニメ」の中に登場する動物たちのセッションに似ていると思う。
うぉうー、ぶーん、ぶーん。

NHKテレビで毎週金曜日に放送される「2355」という番組。この中で「ぐだぐだアニメ」は登場する。最近は「夜ふかしワークショップ」ばかりで少し寂しいのだが。dog

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ラザレフさんのショスタコ ピアノ協奏曲と交響曲11番

2015/3/21(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第668回東京定期演奏会

ショスタコーヴィチ ピアノ協奏曲第2番 ヘ長調 作品102
ショスタコーヴィチ 交響曲第11番 ト短調 作品103 《1905年》

指揮  : アレクサンドル・ラザレフ
ピアノ : イワン・ルージン

前半はキラキラと華やかな、後半はずっしりと濃厚な、とても充実した演奏会だった。毎度ラザレフさんには緊張感のある素晴らしい演奏に感謝です。

プレトークの奥田佳道さんによると、ピアノ協奏曲と11番の頃のショスタコーヴィチはシンプルな音でもいい曲が作れると考えていたとのこと。今日の2曲を聴いてその通りだと思った。

ピアノ協奏曲はピアノとオーケストラの息も合い、バランスもよく、その中でルージンさんのピアノが美しく軽やかで好感だった。バリバリと力強いわけでもなく、すっぱりシャープな感じでもなく、どちらかというともっこりマイルドな印象を持ったが協奏曲全体ではとても心に響く演奏だった。アンコールのバッハ(管弦楽組曲のピアノ編曲版)をロマン派のように弾いてしまう感性にも若さとエネルギーを感じた。

客席の拍手が鳴り止まないのが演奏の素晴らしさを物語っていたと思う。いい演奏は聴衆の心に直接届き、会場全体の雰囲気を盛り上げるな。

一方で11番は演奏が終わった後、音の塊が重りとなって胸にずっしりと居座った。なんと凄い曲を創ったのだろう、ショスタコーヴィチは天才だ、と初めて思った。題材となった1905年の事件について詳しい知識はないけど、音楽を聴いていると労働者の行進や虐殺の光景が目に浮かんでくる。事前に録音を何度も聴いていたけど生の演奏でこそ伝わってくる迫力がある。ハッピーな気持ちで席を立つことはできなかったけど、そんな演奏に立ち合うことができてよかった、と思えた。

楽章が進むごとに演奏もよくなってきたように思うが、どの楽章も感動的だった。3楽章の最初の葬送行進曲のヴィオラの旋律がとても小さく繊細さが引き立ったし、2楽章、4楽章の盛り上がりも迫力満点だった。今回の演奏はただただ美しい音なのではなくて事件の凄惨さを表現するためか、おどろおどろしい音を感じ、しかも雑ではなく、ラザレフさんと日フィルの表現力の広さに驚いた。

オーケストラはというと、弦の重厚さや緻密さはいつもの通り素晴らしかったが今回は演奏会通して管楽器のソロに拍手。毎度のトランペットはもちろんのこと、ホルンには参った。ピアノ協奏曲も11番も大きなミスなくキレイな音を聴かせていただいた。11番でのイングリッシュホルンも美しくうっとりだった。

12年前のラザレフさんと日フィル初共演の時の11番はいったいどんな演奏だったのかと思いを巡らすが、今回ほどではなかったろう、と勝手に思っている。

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ラザレフさんの弦セレとショスタコ4番

2014/10/25(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第664回東京定期演奏会

チャイコフスキー  弦楽セレナーデ ハ長調 作品48
ショスタコーヴィチ 交響曲第4番 ハ短調 作品43

指揮  : アレクサンドル・ラザレフ

緊張感と驚きの演奏会だった。さすが、ラザレフさん。

弦セレはラザレフさんのきめ細やかさと、特に第3、第4楽章のコントラストにしびれた。第3楽章の出だしは見事に揃った弱音で演奏がピリリと締まり、しかも優しく柔らかい音に癒された。過去第3楽章をこんなに深く感じたことはない。なんと優しい演奏なんだろう。続く第4楽章はパチッと切り替えて早いテンポで緊張感ある演奏に引き込まれる。第2楽章はテンポの揺れや音の強弱が面白い。それぞれの楽章の個性が強く感じられることで楽章同士の相乗効果が出てきたように思う。

ショスタコーヴィチは、最後の5分が新しい感動だった。プレトークの山野さんが「わからなくていいんです」って言ってくれたので「そっか、それでいいんだ」って思えた。長いし、次々違ったメロディーが出てくるし、一体どこに連れてかれるんだ?っていつも思って録音を聴いていた。おまけに全ての楽章が弱音で終わるため通勤電車ではさっぱり良さがわからない。あーこりゃだめかな~って思っていたところに先の山野さんの言葉。肩の力が抜けた。

そうは言ってもやっぱり長くて途中うとうとしたりしながら、ラザレフさんの繊細と豪快が両立した音の厚さに酔った。特に最後の5分の微音、最後の沈黙に感動。曲のすべてが最後の5分のためにあるのだ、と最後まで聴いて初めて、この曲の素晴らしさを知った。あの息が詰まるような沈黙は忘れられない体験になるだろう。曲が終わり拍手をしながら感動がゆっくりと体中に浸み込んできた。

もうひとつ。今日のプレトークの山野雄大さんの話はうれしかった。ラザレフさんの演奏についての感想やショスタコーヴィチの4番が分かりにくいことなど、私が感じていることをそのまま話してくれたから。他の人がどう言おうと、自分が感じることが大事と思っているが、他の人も同じ考えであることを知るとそれはうれしいものだ。弦セレの第3楽章がよい、という話もその通り感じた。wine

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ラザレフさんの《プロメテウス》と《ダフニスとクロエ》

2014/5/31(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第660回東京定期演奏会

リスト 交響詩《プロメテウス》
スクリャービン 交響曲第5番《プロメテウス》
ラヴェル バレエ音楽《ダフニスとクロエ》第1、第2組曲

指揮 : アレクサンドル・ラザレフ
ピアノ: 若林 顕
合唱 : 晋友会合唱団

大オーケストラで大音量なら何でも満足、とは限らないのだ。そのことが今日の演奏会で理解できた最大の成果だ。

やっぱりスクリャービンの良さはわからなかったな。管弦打楽器、ピアノ、合唱がバランスよく演奏され、あれだけの迫力だったのに。かなりの難曲であろうことは私にも想像できたし、いい演奏だとは思えたのに。今までスクリャービンの曲をラザレフさんの指揮で聴いてきたがビンとくる演奏はなかったように思う。今の私にはスクリャービンとは通じ合えない。きっとそれだけのことだ。

リストもスクリャービンもラヴェルも、それらの録音を朝の通勤時間に聴いていたが、ラヴェルを聴くのが一番不真面目だった。電車の音や雑踏で聴こえない箇所が多いから。でも事もあろうにそんなラヴェルに感動した。大編成から奏でられる微音。それぞれの組曲の最後の盛り上がり。それに硬い音から柔らかい音まで変化させながら熱く盛り上がっていく美しい弦。印象派絵画を観ているようだった。とはいえラザレフさんのラヴェルはロシアの熱い情熱が感じられる演奏だったように感じた。それはそれで興味深かったが、もしもう1度聴く機会があるとしたら、今度は曖昧模糊としたモネ晩年の睡蓮のような演奏を聴いてみたいものだ。

演目もプロメテウスつながり、バレエ・リュスつながり、時代つながりと、かなりお互いの関連性が明確になっている選曲が興味深かった。

ところでラザレフさんの指揮を見ていると先日の小澤さんの指揮が記憶に蘇る。小澤さんの指揮は、素人目でみても、明確な体と腕の動きで「こういう音が欲しい」ということを表現していたように思う。私はラザレフさんの演奏が好きなのでラザレフさんの指揮が悪いというつもりはないのだけれど、さすが「世界の小澤」と言われるだけあるのだなぁ、と今になって思う。

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