« ラザレフさんの弦セレとショスタコ4番 | トップページ | 外山さんの《まつら》、ベートーベン、バッハ »

インキネンさんのマーラー7番

2014/11/15(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第665回東京定期演奏会

シベリウス  交響詩《大洋の女神》作品73
マーラー   交響曲第7番 ホ短調《夜の歌》

指揮  : ピエタリ・インキネン

5番がいまひとつよくわからないのと同じように、7番も予習で苦戦。本棚に積んであるマーラー関連の書籍を読み返してみると、立派な指揮者や評論家たちも「よくわからん」とのこと。そりゃ私がわからなくても無理はない。前回のショスタコ4番に続き、また諦めの境地へ。それでもマーラーに挑みかかろうとする気持ちがなくならないのは、やっぱり自分にとってのマーラーは高校生の時に聴いたアリスと一緒だからかもしれない。

名曲なのか駄作なのか、明るいのか暗いのか、自分ではよく理解できないまま今日の演奏会へ足を運んだ。生の演奏を聴いて自分なりの感想を持てばよいと。マーラーの演奏ほど録音と生演奏の感動量の違いが大きい曲はないことを体験的に理解しているからね。

大編成で、次々と旋律が出てきてテンポが変わり、大音量と思えば室内楽のようなシンプルな音になり、あちらこちらでいろんな楽器たちが奇声を上げ、その楽器たちには奇妙なものが含まれているときている。それは演奏するにかなりの難曲なのだろうとは想像がつく。しかしまぁ、何とキレイな音。ごちゃごちゃせず音が湧水のように澄んでいる。

1楽章は街中の騒音のようにピッコロの「ピー」、コントラファゴット?の「ブー」が聞こえる。私はこんなところにマーラーが同じ現代に生きた人なのだということを感じる。でもそんな「ノイズ」さえ美しく感じるのはマーラーの力か、インキネンさんの指揮か、日フィルのおかげか。

4楽章では大オーケストラと室内楽が紙芝居の絵をめくるように切り替わり、ギターとマンドリンの音色がアンプなしでもキレイに映える。これにはビックリ。

積んだ本を読み返してみると第5楽章の明るさが第4楽章までの暗さにマッチしないという。生の演奏を聴いて自分もホントにそう思うか、と興味があった。最後まで聴いてみると、まぁいいんじゃないかな、とういのが率直な感想。従来の交響曲をパロディーとして作った曲だという解釈もあるようだが、私は今日の演奏を聴いて、マーラーがまじめに自分の喜びを表現した曲だったと信じることにする。自分の喜びや幸せな感情を表現するということが難しかっただけなのだ。マーラーはきっと、現代人の苦悩を表現するのは得意だが個人的な喜びや幸せを表現するのが苦手だったのだ。エンジニアが人付き合いが苦手なように。そう思って聞けば2楽章も4楽章も穏やかで幸せな「夜」であり、悩みや心配事を抱えながらつかの間の幸せを感じる現代人の複雑な毎日を感じ取れるではないか。これだからマーラーは興味が尽きないのだろう。

全楽章通して、なんと美しい音。インキネンさんの演奏会はこれが好き。ただ1楽章のユーフォニウムの演奏がちょっと残念だった。大事な音がちゃんと出ていなかったように思え、本に書いてあるようにどのくらい素っ頓狂な音なのか、見極められなかった。それでも全体的には大きく乱れることはなく素晴らしい演奏だったように思う。

ちなみにマーラー嫌いの妻が前半後半通しでどこまで寝るのか、とこっそり様子をうかがっていたが、マーラーで寝ていたのは1楽章の最初だけ。後から何があったのかと聞いてみたら「ホルンの音があまりに良かったからビックリして目が覚めた」とのこと。確かに。首席の日橋さんとのこと、素晴らしい演奏をありがとうございました。妻が爆睡せずにすみました。

ちなみに私はシベリウスで熟睡しました。それくらい音が美しかった、なんて言い訳して。最後の盛り上がりを聴いて、あー最初から聴いておくんだった、と後悔しても遅い。マーラー7番に手間取りすぎて予習がまったくできなかったのは
前回と同じ。

マーラーはやっぱり面白い。生演奏でなければわからないところが憎い。今回はなかなか大変だったけどね。maple

|

« ラザレフさんの弦セレとショスタコ4番 | トップページ | 外山さんの《まつら》、ベートーベン、バッハ »

ピエタリ・インキネン」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1167799/58000157

この記事へのトラックバック一覧です: インキネンさんのマーラー7番:

« ラザレフさんの弦セレとショスタコ4番 | トップページ | 外山さんの《まつら》、ベートーベン、バッハ »