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インキネンさんのマーラー6番《悲劇的》

2014/6/28(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第661回東京定期演奏会

シベリウス 交響詩《夜の騎行と日の出》作品55
マーラー  交響曲第6番 イ短調《悲劇的》

指揮 : ピエタリ・インキネン

最近マーラーの交響曲が気になって仕方がないのはなぜだろう、と考える。

マーラーは高校時代によく聴いたアリスの音楽に似ている。自分がその中に入り込んでしまう。仕事の成功だったり失恋の苦しみだったり、曲の中に自分自身の人生を追体験できる。この曲はあなたの人生そのものでしょ、とマーラーもアリスもささやいている。「遠くで汽笛を聞きながら」を繰り返し口ずさんで、ベーヤンとチンペイさんはボクの気持ちをわかってくれる、そう信じた高校生の自分にとってのアリスが、マーラーに置き換わった。

マーラーもアリスも、自分と同じ時代を生き、同じ悩みを持ち、生きていた。それを実感できる。あまりにも低俗な例かもしれないけど。

マーラーの交響曲をすべて聴き込んだわけではないが6番は特に好きな曲だ。それは古典音楽の形式美を持っているからだと思っている。モーツァルトやベートーベンの交響曲と同じように4楽章構成でスケルツォやアンダンテの楽章を挟んでソナタ形式の楽章がある。これだけで何となく安心してしまうのは、自分がいつの間にか西洋古典音楽の形式に洗脳されているせいかもしれないが。

そんなことを考えながら、佐渡さんと日フィルの演奏に続いて2度目の《悲劇的》を聴くことになった。

ベートーベンの交響曲が苦しみから喜びへの変化を表現しているとしたら、マーラーの6番は「葛藤から調和へ」を表現しているに違いない、と感じさせてくれた演奏だった。

第1楽章は、第2主題が印象的だった。音の強弱や溜めなどを多めに取って女性的な優しさを前面に出したようであった。それによって第1主題との対比もより明確になってコントラストの強い演奏になったように思う。一方でこの楽章は先に書いたように葛藤や対立を感じさせる。なぜなら弦楽器群に対して、ピーとか、ブーとか、ボーとか、管楽器や打楽器が美しい弦楽器群に挑みかかる。オーケストラ全体として決して調和がとれているとは感じられない。これはマーラーが作曲時点で意図したことをインキネンさんが解釈してできた演奏だと感じたし信じたい。もしかしたら演奏がまずかったか?私はそうは思いたくないな。

逆に第4楽章は、調和や統一を感じる。葛藤を乗り越えがむしゃらに突き進む意思を感じる。あれだけの複雑な旋律の中でオーケストラ全体の音が調和して不快感がない。大音量でもうるさくない。インキネンさん+日フィルのコラボの力。

私が一番感動したのは第3楽章。第2楽章との間に客席が少しざわついたが、インキネンさんは客席が静かになるまで指揮棒を動かさなかった。こういう神経質な感じの人とは友達にはなりたくないけど、指揮者としては大好きだ。案の定、出だしの旋律から緊張感があり少しずつ盛り上がっていくことでさらに惹きつけられるそんな演奏だった。とてもロマンティックであった。

生演奏のマーラーはいいな。ますますはまってしまった。bud

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