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インキネンさんのシベリウスチクルス(3番、6番、7番)

2013/4/27(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第649回東京定期演奏会

シベリウス 交響曲第3番 ハ長調 作品52
シベリウス 交響曲第6番 ニ短調 作品104
シベリウス 交響曲第7番 ハ長調 作品105

指揮  : ピエタリ・インキネン

先月の定期演奏会であまり心に響かなかった経験をふまえて、シベリウスについて少しでも理解が深まればと書籍やインターネットを探してみた。しかし、同じ時代を生きたマーラーの情報を得る手段はたくさん見つけられるのに、シベリウスについてはほとんど何も得ることができなかった。名前は知られているけど日本ではシベリウスファンは多くないということか。

開演前にパンをかじりながら妻が「シベリウスって理解されるまでまだまだ時間がかかるのかもね」って言うのを聞いてなるほど、って思った。マーラーの曲が演奏会で取り上げられるようになったのがここ数十年であったのと同じように、シベリウスも多くの人、特に日本人に理解されるまで30年とか50年とかかかるのではないか。そう思ったら今一つ響いてこないシベリウスも、まぁいいか。って思えてきた。

とはいえ、今日の演奏は前回よりは心に響いた気がする。シベリウスの交響曲は個々の楽器の素朴な魅力が浮き出されるような曲なのだ。多くの楽器が一度に鳴って迫力で訴えるような箇所はほとんどないけどそれぞれの楽器がまるで木々のざわめきのような、また鳥のさえずりのような、また波の音のような、自然の音を代弁しているような気がする。あまりに今の世界から遠すぎてか気持ちは共振しないけれども、解説に記載されている通り、他の作曲家が作る「色鮮やかなカクテル」よりもシベリウスの「一杯の清らかな水」を美味しいと思えるかどうかだ。

そういう意味では音がきれいなインキネンさんの振るシベリウスは魅力的なのかもしれない。今日の演奏でも特に3番では静かな感動を覚えたし、7番では弦楽器の美しさに感動した。

たとえば30年先に研究が進んだ結果、シベリウス人気が高まりブームが起きて、こんなに素晴らしい曲を何故いままで聴かなかったのだろう、なんて思う日が来るかもしれない。シベリウスの交響曲理解不能者である私がどこまで好きになるか、楽しみだ。そこまで生きていたいものだ。

そんな私が次にまたシベリウスの交響曲を聴く機会があったときのために、独断でシベリウスの聴き方をまとめておく。

  • 海辺や草原などに独りでたたずむ1時間を覚悟する。俗世間のことを考えずただ草木のざわめきや波の音に耳を集中する退屈さを受け入れる。
  • 深く感情移入しない。ベートーベンのような「苦悩」から「歓喜」へ、というような高揚感は得られない。
  • きっと30年後に理解できる、そんな音楽なんだ、と覚悟を決める。

日フィル団員の皆さんにもシベリウスはちょっとね、という人がいるだろう(さすがにそれはないかなぁ)。そんな人も交響曲全曲を演奏したのかもしれない。ご苦労さまでした。今日の最後の拍手がなかなか鳴り止まなかったのは聴衆のみんなもそう思ったからに違いない。退屈だった人も多かったはずだ。

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