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日フィル 第618回東京定期演奏会(モーツァルトミサ曲+プロコフィエフ4番)

3/13(土) 14:00~ サントリーホール
日フィル 第618回東京定期演奏会

モーツァルト  ミサハ短調《大ミサ曲》
プロコフィエフ 交響曲第4番ハ長調(改訂版)

指揮  :アレクサンドル・ラザレフ
ソプラノⅠ 天羽明恵
ソプラノⅡ 加納悦子
テノール  鈴木准
バス    成田眞
合唱    東京音楽大学

 プロコフィエフはどうも苦手だ。とても頭脳明晰な人と会話をしているような錯覚に陥る。会話が論理的に構築され、3歩先まで読んだ発言は切れ味が鋭い。そんな時自分がとてもみじめになるとの同じだ。凡人と天才は通じ合えないのかな、と感じる。今回の4番もどうもつかみきれない。第1楽章の出だしと第4楽章の最後はなんとなく盛り上がってるなぁ、と感じるが第2、第3楽章はなんとも。通勤時に聴いていてもつい、他の事を考えている自分に気付く。やれやれ。

 

 3/2に浜離宮朝日ホールでラザレフパーティが開催され、そこで見たラザレフさんはいかつい顔に似合わずとても気さくな人に見えた。しかし同時に彼の発するオーラはただものではなかった。これが1流のカリスマ性か。反面お酒好きなのに演奏会の期間中は絶対飲まないという厳格さにプロ意識を感じ、今日の演奏会をとても楽しみにしていた。私にとってはじめてのラザレフさんの指揮による演奏だった。

 

 そんなこんなで迎えた当日、ラザレフさんは私の期待を裏切らなかった。プロコフィエフでは久しぶりに頭にジーンと痺れが来た。こういうのを色彩感のある演奏っていうのだろうか。単語ひとつで表現するとどうも胡散臭い。スピード感のある第1楽章。小さな旋律のかたまりそれぞれがまるで浮き出て見えるようだった。テンポの緩急がはっきりしているにもかかわらず乱れないオーケストラ。指揮棒を持たない10本の指にオーケストラ全員が見えない糸で結ばれている感じ。とても柔らかな第2楽章ではヴァイオリンの美しさに驚いた。行ったことはないけど、ロシアの乾いた平原を想像した。あれ~こんな素敵な曲だったかな。持っているCDは小沢征爾さん指揮ベルリンフィル。生で体全体で聴くのと通勤途中にボーっとしながら聴くのとを比べるのもフェアではないと思うけど、小沢さんの演奏はなんとなく淡々として平板に感じた。演奏後愛嬌を振りまくラザレフさんを見ながら、ラザレフさんと日フィルは相性がいいのかなぁ、などと思ったりした。

 

 順序が逆になったが、モーツァルトのミサ曲も実は楽しみにしていた。通勤時間20分、往復しても全曲聴ききれずなかなか予習が進まなかったけど、まぁモーツァルトだし、何とかなるか。ソリストの皆様はとてもお上手でした。なんて、ありきたりな褒め言葉になってしまうのは仕方ない。歌曲はオーケストラを聴くよりさらに経験が浅く正直違いがよくわからないところもある。また今の席はステージの真横のため、ステージ前で歌うソリストの歌声がどうもこもって聴こえてしまうのは仕方がない。歌唱は正面で聴くに限るね。それでも妻はソプラノはダントツすごかった!と珍しく褒めていた(結構爆睡しているわりにはいつも指摘は鋭いと思う)。確かにソロの部分はとても美しかった。とまたありきたりな褒め言葉。残念だったのは、これはあくまで自分の感性の問題だと思うけど、合唱にパワーがありすぎたように感じた。人数も200人近くいたのだろうか、ベートーベンの第九ならともかく、ミサ曲でこの迫力はいらないのではないか。厳かな神の声のような合唱を期待していた私は少し残念に感じた。協奏曲もそうだけど、合唱とオーケストラのバランスってやっぱり難しいな。

 

 アンコールはプロコフィエフ作曲「ロミオとジュリエット」第2組曲から第9番「ダンス」だった。素敵な曲と演奏だったが、私にとってはもうすでに十分満足させてもらいました。ごちそうさまでした。

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